ARMORED CORE FAN

アーマード・コアファン

ホーム  > 小説ギャラリー > Artificial Crisis  > 1. #.4 “EVERYTHING MERGES WITH THE NIGHT”

振り向き、施設の出口上方、岩肌が露出した斜面に目を向ける。

人工の月明かりに浮かび上がるのは、“天風”のそれと同じマゼンタカラーと、マットブラックに塗装された機体。流線系の装甲で纏められ、人間の体に非常に酷似したフォルムを醸し出している。
おそらくはAC。だが、見たことも無い機体だった。そもそもレーダーにもまともに映らないとは・・・・・・声をかけられるまで存在を知ることができなかったのも、それが理由だった。

「 ―― あんたが、依頼人か」

アオイは警戒しつつ斜面に立つ謎の機体、それに乗る女性(おそらくだが)に問う。銃口こそ下げていたが、何か動きがあればすぐに弾を撃てるよう、その指はトリガーにかけられている。

『ええ、依頼のメールを出したのは私・・・・・・あなたがフリーのレイヴン、アオイね』

あっさりと肯定する。依頼の真意はまだ不明だが、微妙に引っかかる点が一つあった。

「・・・・・・いきなり呼び捨てか」

憮然とした表情で呟く。どうでもいいことかもしれないが、初対面の相手に言われてみると実際多少は気になるものだ。

『 ―― じゃあ、アオイ・・・・・・さん?』

彼女の言葉に、アオイは僅かに動揺した風に、一方でぶっきらぼうに言う。その声が、あまりに艶かしかった為か。
別段、そこに官能的な響きがあったわけではないのだが・・・・・・

「アオイさん、はやめろ・・・・・・それなら呼び捨てで構わん」

『わかったわ。ところで、噂通り変わった色の機体を使ってるのね・・・・・・』

アオイは面食らうと同時にさらにむっとした顔になる。どうして突然機体色の話になるのか。そしてどうしてこんな短時間の間に、二度も色のことを指摘されねばならないのか。

・・・・・・まさか、からかっているのか?

そんな思いすら芽生えてくる。

「関係ないだろ・・・・・・それに、あんただって人のこと言えんはずだ、そんな色の機体で」

その、“天風”とマットブラックの部分以外はほぼ同色の機体を指して言う。意味無く一矢報いた気分になったが、思わぬ反撃がくるとは。

『わたしは一応、女だから・・・・・・』

「・・・・・・」

男とか女とか関係ないだろ、と叫びたかったがなんとか自制する。ここで反論しても、不毛な議論に突入していくだけだ。それより、さっさと本題に入らねば・・・・・・

「そんなことより、とっとと本題に入ってくれ。依頼の目的は結局なんなんだ?まさか“アンバー・クラウン”へのテロじゃあるまい」

『もし、それが依頼目的だったとしたら、十分に達成してくれたみたいだけど・・・・・・生憎、そうじゃないわ』

そりゃそうだろうよ、と心中で呟く。暗に無駄なことしてくれたな、と言っているのが気に障る。俺の知ったことか、と。破壊する、しないについては触れられていなかった以上、こっちの自由だろう。
もしや、その「無駄なこと」のせいで来るのが遅くなったと思っているんじゃないだろうろうな・・・・・・

くそ、と思う。どうしてこの女と喋っているとこうも疑心暗鬼になるのか・・・・・・ましてや顔すら見ていない、初対面の人間に・・・・・・

「それじゃ、何が目的でこんなとこまでわざわざ呼び出した?」

『 ―― 協力して欲しいことがあるのよ。もちろん、報酬は払う。』

協力・・・・・・何かやばいことじゃあるまいな・・・・・・まぁ、やばいことにはもはや慣れているが。とりあえず内容を聞こう。

「 ―― 何をしろと?」

『あなたの力を疑ってるわけじゃない ―― けれど、内容を言う前に、わたしと、そのACで勝負して欲しいの』

「何・・・・・・・勝負、だと?」

今度こそ本当に面食らった。勝負する理由はわかるが、何ともいえない思いがあった。戦うとなれば、あの見慣れないフォルムをしたACがどれほどの性能を秘めているのかが気になるところだが・・・・・・
見たところ、装備している武器は右手の小型の銃 ―― マシンガンか、あるいはパルスライフルだろう ―― だけのようだ。左腕には何も装備されていないが、何か内蔵されている、という可能性は否定できない。
そして何より、レーダーに映らないその機体そのものが ――

いや、戦う前からそんな細かなことを心配していてはきりが無いだろう。

「わかった。ただし ―― 俺が勝ったら、そこから出てきてもらえるか?」

『構わないわ。でも、当然あなたも出てきてもらえるわよね?』

「無論だ」

否定する理由は無い。重要な話は互いの顔を見ながらするものだ、可能な限り。

『それじゃ、相手の機体を行動不能にした時点で終了、ということで。あと、悪いけど回線は切らせてもらうわ』

デスマッチではないようだ。ま、当然か。さすがに死体となっちゃ協力も糞も無いからな、お互いに。
回線を切るのは別に構わない。その方がより集中できる。
ただ、その前にこれぐらいは教えてもらわないとな・・・・・・

「切るのは構わんが、その前に一つ聞いとく。名前ぐらいは教えてくれるだろ、あんたと、それの」
彼女と、その機体を指して問う。

『 ―― スミカ ―― 純禾・ユーティライネン。これがわたしの名前。純禾、でいいわ。そしてこの機体が“煌珊瑚(おうさんご)”―― 呼びにくければ、“コーラル・スター”でもいいわ』

変わった機体だ、と思う。だが、自分のACが“天風”である以上、あまり強くは言えないが。

「もう言うまでもないことだろうが ―― 俺はアオイ。あんたの言うとおり、フリーのレイヴンだ。そんでこいつが“天風”。呼びにくけりゃ、“スカイ・ウィンド”でもいい」

最後のは単純に英訳しただけの、即興の代物だった。まぁ、ちょっとした遊びだ。

『“天風”と呼ばせてもらうわ。覚えておく』

声は、微かに笑いを含んでいた。それなりに冗談も通じるようだ。実際どうでもいいことだが。

「 ―― 始めるか」

『ええ』

彼女の首肯の言葉が開始の合図となる。僅かな光を照り返し、“煌珊瑚”が斜面から前方に飛ぶ。非常に滑らかに、どこか優雅な舞いを思わせるように着地し、そのまま左へと跳んだ。

早いな、と思う。並みの高機動型ACの比ではない。さらに、その動きの滑らかさ。単なる一ACの動きではない。

「落とすか・・・・・・」

右手へと円を描く様に動きながら、背に装備されているグレネードとロケットを切り離す。おそらく使う機会はないだろうし、どうせ使わないならば落としたほうが機体も軽くなる。

地を滑るようにダッシュする“煌珊瑚”の右腕から、その機体色とほぼ同じピンク色の光弾が連続して放たれる。連射速度はかなり早い。機体を左右に、複雑に切り返すも数発が装甲を叩き、エネルギー弾着弾時特有の金属音が響いた。

アオイはそれに軽く舌打ちするが、すぐに異様なことに気付く。確かにパルスライフルは命中した。それも数発は直撃だ。それにも関わらず、機体にダメージがほとんど見られない。変化といえば、僅かに表面塗装が剥げたぐらいのものだ。

こんな武器がなんの役に立つのだ、と疑問に思わざるをえない。だが、もう一発喰らったときにある程度は理解した。威力の割に妙に熱量が高い。ハンドガン並みの発熱か。
これなら冷却性能が貧弱な機体はすぐに熱暴走を起こすかもしれない。残念ながら、“天風”はラジエターもしっかりと改造されていたが。
しかし、それを抜きにしたとしてもやはりこれではほとんど攻撃に意味を成さないであろう。

「いったいどういうつもりだ・・・・・・?」

相手を視界に捉える。レーダーがまともに機能しない以上、その他の情報から敵の挙動を判断し、予測するしかない。熱感知の赤外線も、この状況では機能しそうにない。周囲の温度が低いとはいえ、ブースタの発熱の余韻や先のパルスによって判別は不可能に近いだろう。

ライフルの射軸を瞬時に合わせ、トリガーを引き絞る。狙いはコアの右上面。一発目で相手機のバランスを崩させ、二発目で脚を打ち抜く ―― つもりだったが、アオイは予想すらしなかった展開に目を見開く。いや、むしろこれを予測するのは不可能だっただろう。

細身の機体が僅かにずれ、高速で飛来し正確にコア右上部へと達した弾が、機体表面を滑り、後方で炸裂したのだ。
呆れるほど良好な被弾径始、そして微細な操作技術。そうとしか言いようがない。相手のAC、その形状を改めて見直す。その滑らかな三角に削られたパーツで構成された機体を見るに、おそらくは全身がその効果を持っているように思われた。

そしてもう一つのことに気付く。何故、レーダーに映らないか。あの形状は、レーダー波の反射方向を変化させ、レーダーをほぼ無力化してしまうステルス効果をも同時に備えているに違いない。さらに言うならば、あのマットブラックの塗装はレーダー波の吸収効果を持っているのであろう。

あの機体はステルス戦闘機とほぼ同等の隠密性能を発揮するはずだ。それだけでなく、飛び道具がほとんど通用しないとは・・・・・・レーザー等エネルギー弾であれば被弾径始をほぼ無効化できるだろうが、生憎持ち合わせは無い。

「どっちも飛び道具はまともに機能を発揮しないってことか・・・・・・くそ」

悪態をつき、機体を加速させる。ステルス機顔負けの機体が宙を舞う。アオイは激しく地面を抉りつつ旋回し、地面に目をやる。微かな月明かりによって作られた影 ―― それから降下位置を予測し再度ダッシュ、地面を踏み切り蒼い刃を展開する。

左肩から、逆袈裟に振り下ろされるブレード。自動的に視線が上方向に修正され、機影を捉え、ブースタが起動、機を僅かに前進させる。
青の刃はそのまま右肩口に突き刺さるかと思われたが、その動きを緋が遮る。“煌珊瑚”の左腕が下方から差し込まれ“天風”の左腕を抑え、斬撃を中途で止めていた。その左腕からは、機体色と同じかそれより僅かに薄い桜色、あるいは緋色の光を放つレーザーブレードが展開されていた。それは手の甲の後方にある黒い穴から伸びていた。

「やはり持っていたか・・・・・・ブレードを」

予想していたことではあるが、なかなか面倒なことになりそうだ。機動性の面からみて、斬撃戦は相手側が有利そうだ。それにこう相手との距離が詰まっていてはライフルは使い物にならない。

「仕方ない、か」

しばし接近戦を展開することに決める。彼女の技量も推し量れるであろう。もっとも相手に自分の技量を知られることもまた然り、なのだが。まぁもともとテストだ。この際それは考えないことにする。

ブレードを待機モードに移行する。いつまでも展開していても、エネルギーが無駄になるだけだ。刀身の大部分が消失し、射出口付近に微かに蒼の残滓が残る。エンジンでいえば、アイドリングの状態だ。相手も、一旦ブレードを回収する。

まずはこちらから仕掛ける。二機とも依然空中にいる。自機はともかく、彼女の方も随分タフなようだ。
ブースタを吹かし左側面を取るように移動、当然相手も旋回しついてくるがそれを待たずして活性化させた光刃を右薙ぎにする。軌道上に緋の逆風。跳ね上がる刀身に、慌て機体を後退させる。ブレード同士が衝突したところで、僅かに干渉波が起こるのみ、ほぼ無抵抗で貫通する。光と光がぶつかるのだから当然だ。あのままの位置にいれば、振り終わった後の、がら空きの頭部あるいは胸部へ、振り上げたブレードをそのまま突き刺されていただろう。
その証拠に、機体前方二メートルほどのところまで刺突の余韻が残っていた。

幸いにも頭部を狙ってきていたようだが、そこを潰されれば戦闘に重大な支障をきたすことは必至だ。外部の情報収集能力が大幅に低下するだけでなく、機体の安定性も大きく崩される。
彼女の技量は、十分すぎるほどだ。

唐突に、彼女が仕掛けてくる。感嘆の吐息をついていたアオイは、一瞬反応が遅れそうになった。自らを諫め、再度刀身を展開、迎撃に当たる。敵は斜め左前方にある。

緋の唐竹、蒼の左切上。
意を決し、敵の左脇を抜けるよう懐に飛び込みつつ左腕最大出力速度で切り上げる。黒いコア横を掠める刃。機体が交差し、通過の瞬間、腕と腕とが再びぶつかり合う。
反動に、二機が押し戻され互いに正面から向き合う。“天風”の左脚、そして“煌珊瑚”の右脚が同時に蹴り上げられる。

激突。先程にも倍する反動と激震が両機を襲い、地表へと直線的に落下する。ブースタで持ち直しつつ着地、後方へ数メートルバックし姿勢を整える。間髪入れずリニアライフルを構え、しなやかに前転というACに有るまじき動きをしつつ接地しようとする相手の、むき出しになった首筋に高速弾を送り込む。

そしてその結果にアオイはまさしく驚嘆した。やはり三角形に形成された首筋を、弾が何事も無かったようにその身を擦りつつ通過する。相手の技量は、やはりかなりのものと再認識する。久々に冷や汗が流れる戦いだ。それも、そんな場面が何度となく訪れるような。

「待つしかない、か・・・・・・」

先程の接近戦の最中、アオイは一つのことに気付いた。やはり戦闘機のそれと同じく、彼女の機体のステルスも無敵ではないことに。
一瞬ではあったが、数回レーダーに反応があった。いくらステルス機といえども「レーダー波に対して直角になる面」を全く作らないことは不可能に近い。直線を全く使わない航空機は、空力的に見てやはり無理がある。“煌珊瑚”にしても、各所はやや緩くはあるが、直線で構成されている。
レーダー波は、対する物体と直角になったとき、ドッと発信源に向かって跳ね返る。直角になる瞬間がある ―― それはつまるところ、弾が装甲面に対し垂直に当たる、すなわち被弾径始の効果をほぼ弾速で無効化できる瞬間があるということを意味していた。

ただ、相手機の移動速度を見る限り、その瞬間は限りなく一瞬であろうが。だが、その一瞬しかおそらくチャンスは無いだろう。相手を押さえ込んで撃つ、というのはこの状況ではあまりに非現実的だった。押さえ込んだところで、容易に抜け出されてしまう筈だ。あのAC離れした柔軟な、多分人間の骨格に非常に近いであろうフレキシブルなフレームが作り出す動きを見れば、それを想像することは難しく無いだろう。

狙うは脚の側面。そこを狙うのが最も現実的かつ合理的だと判断する。装甲自体は見た目からしてそう厚くないだろうから、一発でも直撃すれば足を止められる筈だ。

「あいつは・・・・・・気付いてるのか」

こちらが、それと気付いたことに。しかしそんなことを考えている暇はなかった。桜色と無機質な黒で彩られた機体が接近してくる。どうやらブレードで勝負をつけるつもりらしい。まぁ、パルスがロクに効果を発揮しない以上、当然とも言えるが。

だが、これは好機だ。相手を引き付け、擦れ違いざまに撃つのが一番簡単だ。簡単、とはいえ、他と比べて比較的簡単であるというだけだが。どっちにしても難なことに変わりはなかった。
緋の光刃を斜めに振り下ろしつつ、“煌珊瑚”が自機に肉薄する。すんでのところで避け横に、跳ぶようにして回りこむが間に合わない。すでに敵機は目の前を通過した後だった。

「もっと早く、か。さぁ、もう一度来い」

望み通り、再び相手は刃を弓手に突進してくる。しかし今度は不定期に蛇行移動をしながらだ。撹乱しようというのだろうか。だがこちらは避け、撃つのみだ。大勢に影響はないだろう。トリガーにかかる指、そしてその眼に神経を集中させる。

相手も気付いたか、こちらの動きに。十メートルほど前方で機体が飛び上がる。しかし飛ばれようが、どうしようがもう関係無い。同時に体をかわす。やや手前であったが加速のついた上に既に空中にいる相手は急激な方向転換をすることができない。

正面、僅か右に敵の姿。照準に脚の装甲が重なり、射線が直角を産む。

瞬間、轟音。

空を裂き喰らいついた弾は、そこで力を解放し、その左脚の膝関節を撃ち砕いた。“煌珊瑚”は急停止を避けるため残った右脚で軽く跳躍し着地すると、そのまま砕けた脚を庇うように膝を折った。

思わず、安堵の吐息が漏れる。実際、非常に際どかった。まさに刹那の瞬間。当たったことが奇跡と言うべきかもしれない。
不意に通信が入る。

『 ―― やられたわね・・・・・・・』

アオイは口の端に笑みを浮かべつつ返す。

「これで、認めてもらえたか?」

『ええ。十分すぎるほどよ。大した腕ね・・・・・・』

やはり感嘆の吐息とともに漏れる賛辞。実際、本当に際どかったのだが。

「あんたも、大した腕だ。こっちも冷や汗ものだったからな」

素直な気持ちだった。にしても、一体何者だ?これほどの技術を擁する人物・・・・・・まさか、“プラス”じゃないだろうな・・・・・・

“プラス”というのは特殊な薬品や外科手術により、常人を遥かに超越した身体能力を獲得した者の総称だ。“強化人間”とも呼ばれる。ACの操縦に於いても、通常とても人体が耐えられないような負荷のかかる動きでも、易々とこなす事が可能だ。
無敵の能力のように思えるが、必ずしも手術が成功するとは限らない。失敗すれば、即死か、よくても廃人と化す。仮に成功したとしても一切の人間的感情を失ってしまうような例もあった。

そんなことを考えていたためか、危うく相手の言葉に反応し損ねそうになる。

『ありがとう。じゃあ、約束通りここから降りる。あなたも出てきてくれるわよね?』

「 ―― 当然だ。さっさと話をつけてしまおう」

すでに夜は深まり、あたりはもう完全に闇だ。別に、一日二日寝なくても平気だったが、さすがにほぼ一日狭いコックピットに入っているだけに疲れはあった。ともかく、とっとと話を終わらせて少し休みたかった。

モニターに映る、跪いた機体のコア上部が複雑にスライド、コックピットが解放されるのを確認すると、自分もその操作に取り掛かった。

コア上面側方が持ち上がり後方へとスライド、続けて中央部が僅かに前に出、上部装甲が後ろへとスライドして開き、冷たい外気が入り込んできた。
今更何もないだろうから、武器を持っていく必要は無いだろう。もしも不測の事態に陥ったとしても、まぁ人間相手なら素手でもなんとかなるだろう。

“天風”の機能を完全に停止させ、ベルトを外しコックピット内で立ち上がる。そのまま身を乗り出し、まずは腰部分へと飛び移る。次にそこから、数メートル下方の地面に向かって飛び、難なく着地した。

顔をあげた正面にいたのは、二十台前半と思われる黒髪、そしてサファイア色の、意志の強そうな眼をした女性。一般的に見て、かなりの美人だといえる。
アオイは、全く同じ色である自分の頭に軽く手を触れる。彼の黒髪は、後頭部で一つに括られていた。対して彼女は、長さのこともあるが、そのまま肩へと流している。

「仕事の話をする前に一つ聞くが ―― お前は“プラス”か?あの動き、とても尋常とは思えなかったが・・・・・・」

相手の口から聞くのが一番早いだろう、この際もしそうだったとしても別に驚かないだろう。アオイ自身、“プラス”であってもまともな奴は今までに何人も見てきていた。

果たして彼女は、首を横に振りそれを否定する。

「残念ながら、そうじゃないわ。あの動きは、この機体があってこそのもの ―― 多少の負担はあるけれど、耐えられないことは無いわ」

「違う、か・・・・・・忘れてくれ、この話は。本題に移ろう。何を協力しろと言うんだ?」

単なる確認であったが、自分のことを“プラス”ではないかと思われて気分のよい人など滅多にいないだろう。一応謝りを入れておく。
とりあえず、今はあの“機体”のことについては無視することにした。

「 ―― 危険な仕事よ、冗談じゃなく。一組織を相手にするようなものだから・・・・・・」

「別に構わん。何時も死とも、危険とも隣り合わせだからな。暗殺されそうになったことも、もう数え切れないほどだ」

苦笑しつつ言う。レイヴンである時点で既に危険な上に“ネスト”やらなにやらにも目をつけられている。酷いときには毎晩様々な組織、企業の連中がかわるがわるその手に得物を持ち、やってくることもあった。それらのほとんどは、物言わぬ物体に成り果てた後、暗い谷底へとダイブを敢行した事実は、最早言うまでも無いことだ。

相手から、微かな失笑と思われる笑い声が聞こえた。馬鹿にされたというか、むしろとんでもない奴に協力を頼んでしまった、とでも思っているのかもしれない。

「頼もしいことね・・・・・・分かったわ。内容を伝える。相手は、“ウェンズデイ機関”と呼ばれるここ、“アンバー・クラウン”に拠点を構える研究組織よ。かなりの規模、勢力を持っていて裏で大企業とも繋がっているようだけど・・・・・・」

「聞いたことの無い名前だな・・・・・・それほどの規模を持ちながらろくに知られていない・・・・・・完全な地下組織ってことか。で、そこが何をやっているんだ?核か?」

最後のはほとんど適当に言った冗談だった。なので、全く無視して流されても、特に何かを思うことはなかった。

「生体兵器の研究、開発よ・・・・・・“プラス”の発展型とでも言うべきかしら・・・・・・。兵器の名前は“ファンタズマ”。その幻想の為に何人もの人間が実験台にされていることは言わなくてもわかるわよね・・・・・・?」

彼女の言葉からは、内容とは裏腹に怒りは感じられなかった。表情にも動きは無い。むしろ、事実を淡々と述べている、そんな様子だった。しかし、そんな代物を作っているところがあったとは・・・・・・

「詰まる所、その組織とやらを潰せばいいんだな?その研究もろとも全部ぶっ潰せば」

もう話の筋は見えていたので、結論を先読みして問う。もしそれが本当なら、また随分と面倒、というか厄介な事になるわけだが・・・・・・だが、そのどちらにも慣れきってしまっている自分がいるのもまた事実。妙に空しさを感じた。

「そうよ・・・・・・もう、他に何も言うことは無いわ。それで、協力してくれるの?」

「ああ。だがな・・・・・・実際断りようも無いぞ、この状況で」

半ば嵌められた気がしないでもなかった。おそらく、内容こそ単純だったが、奴らにとっては機密レベルの情報であるに違いない。ここで手を引いても、遅かれ早かれ狙われることになるだろう。それならば、この機に叩いてしまったほうがいい。というか、自分からこの事に首を突っ込んだのか、それとも事に首を突っ込むよう誘導されたのかすら、最早わからなくなってきていた。
ふと、彼女がほんの少しだけ笑ったのが見て取れた。やはり、確信犯か・・・・・・
もっとも、もうそれを責める気も無かったが。

「受けてくれて、感謝するわ。それで、報酬のことだけど・・・・・・」

「面倒くさいな・・・・・・またにしてくれ、そういうのは。ところで俺はずっと此処にいなきゃいけないのか」

アオイの面倒、という言葉に、彼女は多少なりとも面食らったようだがすぐに立ち直り、口を開く。

「別に構わないわ、何処にいても。用がある時は基本的にこちらから連絡するから。連絡してから一日で言った場所に来てくれればいいわ。別に、あなたの方から何か言ってきてくれてもいいけれど」

取り敢えず一箇所に束縛されることは無い、ということか。最後のは微妙に引っかかるが・・・・・・この際気にしないことにする。
しかし、問題が一つあった。

「ここに常に居なくてもいいということはわかったが・・・・・・ここに来るときは、そのなんだ、また地上施設を破壊してこないといけないのか?」

さすがにそう何度も破壊されてはガードも気の毒に思えた。たかが都市に来るためだけに。それに、毎回それではいろいろと無駄も多いだろう。

「それは大丈夫よ。ここにはもう使われてない地上と繋がる通路がいくつもあるから。その中から、見つかり難そうなものを見繕っておくわ。今回のことは、まぁなんとかなるわ。ここ自体大分老朽化が進んでいるし、ガードもそこまで熱心に捜査したりはしないだろうから」

まぁ取り敢えず、これ以上無駄な被害を広げずに済みそうだ。ガードの件もなんとかなりそうならそれでいい。アオイは軽く肩をすくめると、身を翻し機体の方へと歩みを進めつつ純禾にむけて言う。

「承知した。それじゃ俺はひとまず帰らせてもらう。まったく厄介なことになったな・・・・・・ま、俺が選んだことだが」

彼女から返事は無い。ほんの少し振り向くと、先程の位置から一歩も動かずにいる彼女の姿が見えた。

その眼が、僅かに憂いを湛えているように見えたのは気のせいだろうか。訝しげに思ったが、そのまま前を向きなおると機体の正面に立ち、膝から腰、そして胸部のコックピットへと素早く上った。そこへ乗り込んだとき、やはり跪いた機体の方へと歩く純禾の呟き ―― たった一言だけだったが、それがほんの僅か聞こえたような気がした。しかし、それが何なのかを聞き取ることまではできなかった。


数分後、闇の静寂が一瞬破られる。だがそれはすぐに遠ざかり、数秒後には何事も無かったように、再び静かな夜が全てを溶け込ませ支配する ――

 

 

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