ホーム > 小説ギャラリー > Artificial Crisis > 2. #.2 “OCEAN WHISPERS”
「 ―― 早かったのね。でも ――
何か、あったみたいね・・・・・・」
目の前に立つのは、黒髪の女性。早速厄介そうな依頼をしてきた張本人だ。そして実際厄介な事になった。しかもそれを見透かされるとは・・・・・・そんなに変な顔でもしているのだろうか。それとも、雰囲気か。
「まぁ、な・・・・・・御丁寧に用意された茶番に、まんまと引っ掛かった
―― そんな感じだ・・・・・・」
薄汚れた廃ビルの一階 ――
おそらくここが機能していたころはロビーとして使われていたのであろう空間に、二人はいた。“アンバー・クラウン”の半ば放棄されたブロックの中では、そう珍しくないタイプの建物だ。そこに人がいるという状況は、かなり珍しいことかも知れないが。
そして
―― 会う場所をここに指定してきた本人、純禾はアオイの言葉に僅かに表情を曇らせ、少々躊躇うような口調で返した。その表情、声の調子は鉛色に染まった今の ――
明け方の空に、似ていなくもなかった。
「そう・・・・・・もしかしたら、そうかも知れないと思ってはいたけれど・・・・・・悪かったわ・・・・・・」
多少言葉に怒りがあったかもしれない。だが
―― 茶菓子に手を出していたら自分は今ここにいなかったかもな ――
そんな思いも浮かんでくる。結局手は出したものの、先方から下げられてしまったわけだが。
「まぁ・・・・・・厄介事には慣れているが。あまり慣れたくないものだが・・・・・・」
口調には、半ば諦めが感じられた。茶菓子に完璧喧嘩を売ったのだ、後には引けまい。むしろ
――
こんな刺激を求めていたのかもしれない、そんな感慨さえあった。唯でさえ死と隣り合わせの生活だ。「死」に対する感覚も、良くも悪くも鈍ってくる。たまには、こんな現実的な「死」、詰まるところ「生きている」事を実感できる場が必要なのかもしれない。そうも、感じていた。
「ところでその茶番の
――
恐らくは仕掛け人、スティンガーとか名乗っていたが・・・知っているか?」
「・・・・・・スティンガー・・・・・・」
何か奴について知っている事があれば教えて欲しい所だったが
―― 鸚鵡返しに名前を言われてもどうしようもない ――
まぁ、思い出しているのかもしれないが。
「・・・・・・知らないわ。その男も、やっぱりACに?」
何処か違和感がないわけではなかったが、気のせいだろうと割り切り、問いに答える。
「恐らくACだろうが、見たことの無いような機体だったな・・・・・・市場にもあんなパーツは流通していない筈だ。あるとすればカスタム、もしくは企業の保有する特殊な機体か・・・・・・」
あの機体の外観を思い返してみても、どれもこれも異質なパーツばかりだった、という印象しか出てこない。むしろ、他の機体との互換性のあるパーツかも、怪しく思えた。
「ウェンズデイ機関は幾つかの企業と繋がりを持っているらしいからその可能性も無いわけではないだろうけど・・・・・・今の段階でははっきりしないわね・・・・・・また、調べておくわ・・・・・・」
「
――
あぁ・・・・・・で、これからだが、どうする?結局アレは罠だったわけだが」
次に取る行動を聞いたら、すぐに帰るつもりだった。正直、とっとと寝たい、という思いがあった。完全に睡眠を妨害されてここに居る訳なのだから。それに、自分を叩き起こした当人が、今まで何をしていたのか知りたくもあった。まさか、何の行動も取らずにいた、ということは無いだろうが。
別にあてつけるつもりは無いのだが
――
どうも言葉に棘ができてしまうのは否めなかった。
「そうね・・・・・・元クローム保有の海上基地を知っている?今はムラクモが占領しているわけだけど・・・・・・」
クローム、ムラクモというのは地下世界を実質的に統治しているとも言える、巨大企業の名だ。そんな企業が世に二つもあれば衝突が起きるのは自明だ。現に領有権の絡み等から、その海上基地でも一悶着起こっているわけだ。経緯として、ムラクモの領域にギリギリ干渉する位置に、クロームが海上基地を建設しようとしたのが事の始まりらしい。当然ムラクモ側は反対した。それはそうだろう、それではまるで自分の家の玄関先に敵対している連中に居座られ、監視されるようなものだ。
だが、再三の警告にも耳を貸さず、半ば強引とも言えるような意見でクロームはムラクモ側の主張を押し退け、基地を建設してしまった。当然その態度に怒りを覚えたムラクモは基地にとあるレイヴンを送り込み、砲台施設等を沈黙させ、占拠したというわけだ。
そのレイヴンが誰かなどは知らないが、別段関係あるまい。要は、その基地の所在を知っていればいいだけのことだ。
「あぁ、知っているが・・・・・・そこに何が?」
「さっき、ウェンズデイ機関が企業と繋がりを持っているということは言ったわよね。それよ・・・・・・ムラクモとウェンズデイ機関は関係を持っている、これは確実よ。現に、その海上基地でムラクモと恐らくはその機関が物資の遣り取りをしているのが目撃されている
―― それにこれはあくまでも推論だけど ――
例の兵器開発にムラクモの強化人間技術が応用されているのかもしれない」
その目撃情報自体が偽物、あるいは罠だったとしたら元も子も無いわけだが ――
その点については彼女も重々理解しているだろうし、考慮して調べているだろう。
黙ったままでいると、理解したと見て取ったのだろう、彼女は再び話始める。
「次にウェンズデイ機関の部隊がそこを訪れるだろう日の目星は大体ついているわ。こんなことをやっていても意味が無いかもしれないけれど・・・・・・そこを攻め、あわよくば基地を使用不能にする
―― とまでは無理かもしれない。でも、襲撃が成功すれば彼らにもそれなりに衝撃を与えられるだろうし、多少なりとも開発の進行を阻害できる筈
――」
衝撃はともかく、そこで自分達がやられたら何の意味も無いのだが ――
まぁ、そういうことは考えないことにする。それに、既に拒否する理由も無ければ、権利も無いだろう。彼女の依頼を受けた以上、奴に喧嘩を売った以上はそれをする義務がある。
「わかった。別に内容については何も聞かんが、流石に今日や明日にそれを実行するとか言うなよ・・・・・・こっちもそんなところに行くからにはそれ相応の準備もいる」
「大丈夫よ。おそらくそれが行われるのは三日後。その日の正午前までに海上基地のエリア・ブロック#4に来てくれればいいわ。どうも、白昼堂々とやり取りは行われているようだから」
白昼堂々とは随分と自信があるようだが・・・・・・ムラクモが「表」の大企業であることを考えればそれも妥当といったところか。それにウェンズデイ機関自体が、広く一般に知れ渡っているとは思えなかった。
「三日後だな・・・・・・それはいいとして、今回はお前も出るのか?」
彼女の技術や実力を考慮すれば、むしろ出てもそれで当然、といった感はあったが
――
一応聞いておく。
「えぇ、私も行くわ。やっぱり一対大多数よりも二対大多数の方が多少は有利でしょうし」
「まぁ、な・・・・・・やる事は済んだな・・・・・・それじゃ、俺はそろそろ帰るぞ」
大した変わりはないだろうが、という言葉は胸の内のみで呟くに留める。実際、本当に「多少」であろう、変わるとしても。
窓から臨む空は、さらに雲行きを怪しくしていた。この分だと、数時間の後には降り始めるだろう。作られた空とはいえ
―― あまり気に入るものではない。雨は好きではなかった。視界が潰れる上、雰囲気も重くなる。特に、こんな時は
――
無言で背を向け、ACを置いてきた場所へと向かう。純禾も暫く腕組みしたまま立っていたが、手で軽く髪を梳くと、それにならい歩き始めた。当たり前のことだが、彼女もここに定住しているわけでは無いようだ。
コックピット内を外界から閉ざし、“ベッド”を出たときと同じようにシステムを起動する。帰ったら、やはり奴を呼ばねばならんだろう。弾薬の補給と、機体の整備をしておかなければならない。
後は・・・・・・やはり寝ておくべきか。
起動を確認し機体を前進させ、ビル壁面の、恐らくは砲撃か爆破によって作られた穴を目指す。この辺りは、既にゲリラやテロリストにも放棄されてしまったらしい。そいつらが今、“アイザック・シティ”に巣食っているということか。
一つ溜息をつくと、外へと出る。その際、一瞬視界を廻らせ見えたのは、独特なフォルムをした機体だった。蒼い双眸を光らせ、無言で立ち尽くす“煌珊瑚”からは何も読み取ることはできない。
そして思う。いまいち、彼女自身の事も掴めていない、と。だが、今考えても無駄だろう。再度溜息をつき、ビルから離れるとブースタを始動、荒れたビル街を縫うように走り、“道”に向かう道程を進んでいく。
――
最近は、妙に溜息ばかりつくな・・・・・・
部屋の中、二人の男が対峙している。一人は戸口に無言で佇む男、もう一人は室内の椅子に腰掛け、白いカップに入ったコーヒーを優雅に飲もうとする大男
――
実際のところ、優雅でもなんでもないのだが。その大男の動作は、戸口の男を目撃してから完全に停止していた。カップを持つ手すら、微動だにしていない。またその顔も、変な風に硬直していた。何か、弁解の言葉を必死に探しているような表情ともいえた。
沈黙が流れる
――
約数十秒の静寂の後、戸口に立つ男が徐に口を開く。その声は、その表情と同じく、酷く冷めたものだった。何処か、相手を哀れむようでもあった。
「アドヴァント・・・・・・お前の学習能力はチンパンジー以下なのか・・・・・・?そもそもなんで勝手に人の家に上がり込んでいる」
普通なら酷い侮辱であろうが、眼前の大男、すなわちアドヴァントは、顔に冷や汗すら浮かべつつ弱々しさすら感じさせる言葉を発するだけだった。
「いや、なに・・・・・・どうせお前が呼ぶだろうと思って来ていたんだよ・・・・・・ほら、『備えあれば憂いなし』とか謂うだろ・・・・・・」
諺を用いてまで正当性を主張したいようだが
――
如何せん、意味不明であるし、何処か使い方を間違っているとしか思えない。
「あぁ・・・・・・確かに呼ぼうと思っていたさ・・・・・・それはいいとしてもだ、お前、その俺のカップに入っている物は一体何だ?」
冷めた言葉の中に激昂が混ざり始める。身の危険を感じたのか、大男は身を翻し逃走しようとするが、既に時遅し。前触れ無く放たれた、鋭い回し蹴りが芸術的な角度でそのこめかみを叩いた。
「俺がコーヒー嫌いな事ぐらい解っているだろうが!一体何度言った!」
凶悪な勢いを持った回し蹴りに吹き飛ばされ、壁に叩き付けられたアドヴァントは、既に意識も朦朧、といった状態だった。下手をすれば即死していたかもしれない。そう感じさせるほど、痛烈な一撃だった。
「わざわざコーヒー豆まで持ち込んで作りやがって・・・・・・二度とやるなよ」
同じく蹴りの余波を喰って壁にたたき付けられ、哀れ原型を留めぬほどに粉砕されたカップと、飛び散ったコーヒーを片付けつつ強い調子で言う。まぁ、彼の頭部がこうならなかったのは、不幸中の幸いといったところか。
その彼が、朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めつつ言葉を発する。
「お・・・前・・・・・・絶対ロクな死に方しねぇぞ・・・・・・」
「だろうな。それぐらいわかっているさ」
ありがちな言葉ではあったが、アオイは特に気にした風も無く、コーヒー豆の袋を処分しつつ素っ気無く応じた。歯噛みするアドヴァントを尻目に、黙々と作業を続け、ゴミ袋の口を縛り、それを終える。
「今度やったら合鍵、没収させてもらうからな。ロクな事に使わやしないからな・・・・・・それと、起きたら機体の修理と弾薬補給頼むぞ。あとロケットランチャーは“箱”に変えといてくれ。頼んだぞ、俺は寝るからな」
何とも無慈悲なことを言い放つとアオイは別室へと向かっていく。その後ろ姿を薄れる意識の中で見送りつつ、彼はこう思った。
・・・・・・非道過ぎる・・・・・・
足下を往く静かな流れを見つめ、そしてややあって視線を上げ、遠方へと目を向ける。埋め立てられ、作られた地に生える緑の隙間から、作り物の木漏れ日が落ちる。この流れもまた、作り物に過ぎない。自然そっくりの満ち干と、明らかな人工物である周囲に浮かぶ“島” ――
あまりに不釣合いだ。
エリア・ブロック#4は人工島の中枢部が密集する地区からやや離れた場所に位置していた。この辺りが利用されるのは稀なことだ。予備的な場所であるが故に、普段の警備も手薄である。当然彼女もそのことを考慮して此処を選んだのだろう。
遠方に見えるのは、海上基地の中心部、最も防御・迎撃や警戒が厳しい場所だ。そのことは分かり切っている
――
筈だった。だが。
「その危険地帯にたった二機のACで殴り込むってか・・・・・・なかなか“楽しい”ことになりそうだな・・・・・・」
その台詞通り、既に何処か楽しそうな口調で言うアオイは、一般から見れば異様に映るかもしれない。普通に考えれば生存率コンマ数パーセントのことをやろうとしているのだ。一体どれだけの戦力が待ち構えているかも、定かではない。
だがこの男にとっては
―― こういった死線すらも最早、“楽しみ”の一環なのかもしれない。あるいは諦めの心か ―― 結局のところ、これもまた定かではない。
『 ――
そろそろ行くわよ。いい?』
全く聞いていなかったのか、それとも意に介すこともなかったのか、アオイの言葉には何の反応も見せず、至って事務的な口調で純禾は言う。
「あぁ。いつでも行ける」
最低限の遣り取りの後、再び静寂が戻る。昨日までのぐずついた空模様が嘘のように、頭上の蒼穹には、太陽が煌いていた。
『
――
行くわ』
その一言を契機に、二機のいささか派手な塗装を施されたACが水を蹴り、基地中心部へと矢のように突き進む。残る波頭が後方の青々とした木々を洗い、返る残滓はまやかしの光に輝き、帰結すべき場所へと埋没した。
その動きを最初に察知した機体
――
ムラクモ製特殊AC“陽炎”は、それの姿を捉えるも、それを遥かに凌駕する速度で飛来した物体に胸部を穿たれ、よろめき後退し、腰から青へとその身を沈めた。
基地において各自の作業を進めていた機体群は、一斉に異常を悟り、誰の指示を仰ぐでもなく一瞬で戦闘態勢を整える。やや遅れて基地の防衛機構も動作を開始したようであった。
「それなりに訓練はされているみたいだな
――
“期待外れ”ということは無さそうか・・・・・・楽しみだな」
何やら不穏当なことを口走るアオイに、純禾が呟くように言った。何処か、呆れが垣間見えるような口調でないこともなかった。
『
――
油断はしないでね・・・・・・』
瞬時に結成された小部隊に向かい、リニアライフルを連射する。ろくすっぽ狙いも付けていないように見えたが、しかしその全弾が確実に敵機体を射抜き、足並みを乱れさせる。そこに滑り込むように機体を接近させ、左腕を振るう。伸びた蒼は、一機の“陽炎”を両断し、返す刃が次の一機を狙うも、力強いジャンプにより空を斬る。“陽炎”は高機動戦闘をコンセプトに設計された機体であり、隠密任務等に従事することも多い。それゆえ機体は徹底的な軽量化が施されており、足回りの性能の強化も著しい。また、その飛空能力も他機とは一線を画するものがあった。しかし
――
舌打ちしつつ機を軽く上向かせ、こちらも上空へと上がると正面上方にあった青い機体めがけ、ライフルを放つ。その一発で大きくバランスを崩した“陽炎”は派手な音を立てて落下し、ピクリとも動かなくなった。
「相当打ち所が悪かったな・・・・・・」
軽量化の代償に、装甲性能の低下は付き物と言える。この“陽炎”も、機動力を手にした代わり、防御面の能力を大きく欠いていた。
残る一機も適当に料理すると、すぐさまそこから飛び退く。瞬間、先程までの立ち位置に無数の砲弾が突き刺さり、いくつもの水柱を上げた。別の小部隊が迫っていることは、レーダーにより既知ではあったものの、辟易とした口調で言葉を漏らす。
「これはキリが無いな・・・・・・この状況じゃおちおち物資の破壊なんてやってられんぞ・・・・・・純禾、どうしてもその物資とやらの破壊が最優先か?」
やや離れた場所にて同じく小部隊を相手取っていた“煌珊瑚”は、やけに鈍重な動きをしている“オーガー”の側面へと易々と回り込み、胸部へとブレードを捻じ込み、切り裂く。緋の軌跡を空に残し、またこちらも小隊最後の一機を葬り次の敵へと向きを変える。そしてそちらへと疾駆しつつ彼女が口を開く。
『
――
いいわ。どの道これらを倒していかなければ基地中心部には近づけないでしょうし・・・・・・敵勢力と基地防衛戦力の沈黙を当面の目標とする・・・・・・』
「よし。兎に角まずはこいつらを駆逐する
―― ・・・・・・何、だ・・・・・・?」
意気込むも束の間、何処からともなく聞こえてくる耳障りな“音”に反応し、頭をめぐらす。そして発見したものは
――
「“シミター”のお出ましか・・・・・・よりによって巡航ユニット装備型まで持ち出しやがって・・・・・・」
基地中心部、明らかに格納庫とおぼしき施設から飛び立ち、迫る無数の“シミター”、そして“スーパーシミター”の群れ
――
はっきり言って、最悪の状況だろう。
しかし、既にその時そこには、さらに状況を複雑化させる新たなファクターが接近していた。
それは、突然の嵐に凪を奪われた大洋の怨嗟の如き囁きか、それともあるいは
――
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