ホーム > 小説ギャラリー > Artificial Crisis > 4. #.2 “MIDNIGHT LIGHT”
光を押し潰したかのような暗闇の中、二機のACが静かな街路を走っていく。ブースタの噴射音、そして脚が路面を擦る音のみが周囲に響く。例の“試作兵器”を破壊してから移動し始め、既に三十分程が経過していた。なだらかな坂を下ると、横道にそれ、暫く行った所で一機のAC
―― “天風”が立ち止まる。後に続いていた“煌珊瑚”もそれに倣った。
『 ――
ここに何か?』
純禾が怪訝そうに問う。確かにその場にあったのは特に珍しくない形の一軒の家のみだったが ――
「隠しベッド ――
俺のセイフハウスとでも言うべきところだ・・・・・・今からベッドに戻るのは時間がかかり過ぎるからな」
因みに、ここは“アイザック・シティ”の中の一角だった。“ウェンズデイ機関”の連中はわざわざ“アンバー・クラウン”からここまで出張して兵器のテストをしていたわけだが
――
足労の甲斐なく、肝心の兵器は破壊されてしまった。結局奴らは今回損しかしていないように思われたが・・・・・・
「そうだな・・・・・・お前も寄っていかないか?別に変な意味で言っているわけじゃないが・・・・・・今から地上に向かっても、途中で日が昇るだろうし・・・・・・」
別段、他意があるわけではなかった。が
―― 自分の何処かで、それを ――
何かを知りたいという気持ちはあったかも知れない。ほとんど口をついて出た言葉だった。
『そうね・・・・・・急ぐ理由も無いし、それじゃ、寄らせてもらうわ』
僅かな逡巡の後、彼女は肯定の返答を返す。それを聞いたアオイは機を前に進めつつ言う。
「わかった。今からガレージを開けるから、そこにACを入れてくれ」
それだけ言うと、“家”に隣接
―― というかほぼ埋め込まれるように付けられた、ガレージの扉と思しき物 ―― 当然カモフラージュはされているが ――
に向かっていった。
数分の後、二機のACは建物内に姿を消し、辺りには再び、静寂の闇夜が戻った。
机の上に置かれたグラス、それに注がれた酒の中を浮く氷が、小さな歪みの音を立てる。部屋の壁一面は、そのほとんどがガラスで外を見通すことができる。当然、外から中が見えないガラスになっているだろうが
―― 因みに、電灯の類は点けられていない。窓から注ぐさやかな月光が、明かりの全てだった。
そして机を挟むように置かれた椅子に身を預ける二人 ――
アオイと、純禾だ。机のサイドには長椅子 ――
というかソファが据えられていた。
全体に見て、整頓された部屋だった。簡素とか、全く使っていないからそうなのだろう、と言ってしまえばそれまでだが・・・・・・
手に持つグラスの氷を揺らしながら、切り出す言葉を見つけようと思考を巡らすアオイ。注がれた液体を見つめるその表情は、この沈黙に耐えかねているのが、ありありと映し出されていた。
暫時の後、先まで手にとっていたグラスを机に戻した純禾が、不意に口を開く。何処か、惑うような口調だった。
「・・・・・・話しておきたいことがあるの・・・・・・まだ、言ってなかったことが」
「
――
なんだ、お前が実は“ウェンズディ機関”所属だとかいう・・・・・・そういう類のことか?」
返されたアオイの言葉に、特に感情は込められていなかった。言ってしまえば、事実確認をしているような
―― そんな感じだった。小部屋を、再び沈黙の帳が支配する。
「 ――
わかって・・・・・いたの?一体何時から・・・・・・それに、それじゃ、どうして今まで・・・・・・」
驚きと疑惑に満ちた彼女の言葉を、真っ向から受け止めるアオイ。彼女の表情にも、やはりそれが顕著に現れていた。
「まぁ、色々とな・・・・・・“どうして今まで”、か・・・・・・簡単なことだな。“俺がその依頼を受けた”からだ。当然だろ」
純禾は、すぐには言葉を返せないようで、視線をやや下に向けて押し黙る。アオイは一つ溜息をつくと、グラスの酒を一気に呷った。そして席を立ち、酒瓶の置いてあるキャビネットへと足を運ぶ。背に、僅かながら視線を感じずにはいられなかったが、振り向くことはせず自分の作業に取りかかる。
最初にそれと思い始めたのは何時だったか
―― 思い返しつつ、グラスに琥珀色の液をを注いでいく。多分、あの時 ――
スティンガーと最初に邂逅し、その後で彼女と会ったときだろう。その時、こちらが特に言及しなかったにも関わらず、彼女は何の躊躇いも無く奴のことを『男』と言っていた。一般的に考えてスティンガーは男性名と捉えるのが妥当であろうが、やはりその時の微かな違和感が、発端だった
―― だろう。
ただ、疑問はあった。何故同じ所に属していながら、その同志から攻撃を受けるのか ―― あるいはそれらも全てが“茶番”なのか ――
彼女に聞くことがあるとすれば、まずその辺りだろう。瓶を戻そうとするが留まり、再び氷を加えたグラスと一緒に持っていく。机に瓶とグラスとを置くと、席に着いた。目の前の彼女は、アオイの一連の作業の内に考えを整理したのか、覚悟を決めたような表情でこちらを見ていた。
「
―― 確かに、私は“ウェンズデイ機関”の一員よ・・・・・・それも特殊な部類の、ね・・・・・・」
それを認めると、少し躊躇う風に口を閉ざすが ――
意を決したように再度顔を上げると、告白を続ける。
「私の任務は、変革要素の排除 ――
イレギュラー要素の、抹殺よ・・・・・・つまり、あなたを殺すこと・・・・・・」
「なるほどな・・・・・・」
「 ――
私を、殺す・・・・・・?」
率直な質問だった。と言うより、聞いて当然の事柄だろう。現に、自分を殺す任務を請け負う人物が、たった机一個を隔てた位置に居るのだ。
「いや。それともなんだ、殺して欲しいのか?俺に」
一言で否定すると、僅かに笑みを見せつつ、問う。通常考えれば、この状況で笑うことなどできないだろうが・・・・・・何故か純禾も微かに笑いを漏らすと、指で髪を梳きつつ言う。
「いいえ・・・・・・ただ、聞いただけよ・・・・・・」
「じゃ、聞かせてもらうが・・・・・・“ファンタズマ計画”とやらは本当に存在するのか?」
「あれは本当のことよ・・・・・・あのテストに参加していた特殊ACには、“ファンタズマ”の根幹部分を成す生体パーツ・・・・・・そのプロトタイプとも言うべきものが搭載されていたわ・・・・・・」
流石にあれは嘘ではなかったということか。それは兎も角、聞くべきことは他にもあった。
「まぁあれまで嘘でもな・・・・・・で、もう一つ聞くが・・・・・・如何してお前は仲間からも攻撃を受ける?それが演技ならわかるが
―― それとも“特殊な部類”というのが関係しているのか?」
「答えは、後者 ――
イレギュラー要素排除のメンバーは、実質的には機関に属していないのも同じようなものなの。だから存在自体を知っているのは、極限られた者だけよ・・・・・・彼 ――
スティンガーも、私と似たような立場に居るわ。もっとも彼の場合、顔は知っているメンバーが多いだろうけど・・・・・・やっている事を知っているのは、やっぱり少数でしょうね」
スティンガーの名前が挙がっても、アオイが特に過敏な反応を見せることはなかった。ただ少しだけ、眉を顰めただけだった。グラスを手に取り一口飲むと、口を開く。
「ほう・・・・・・ある意味幽霊部員だな・・・・・・例えは悪いが」
「確かにそう言えるかもしれないわね。それはそうと、他に聞きたい事があるのじゃないかしら。
―― 私がどうしてそこに居るのか・・・・・・」
「 ――
聞かせてもらいたいな、それも。頼む」
窓から降る月明かりに目を向けながら言うアオイ。それは驚くほど明るく、部屋の約半分を綺麗に浮かび上がらせていた。
彼女も手のグラスから琥珀を口に移すと、顔を照らす月光に目を細めながら、話を始めた。
「私がこの“世界”に、絶望していた
―― 端的に言えば、そうなるかしらね・・・・・・大深度戦争で、“人”は皆変わってしまったわ・・・・・・ただ、全てを恐れて力のあるもの ――
企業に寄り添うのみ・・・・・・その企業さえも、ネストの中枢“ナーヴ”の支配下にある・・・・・・全ては“造られた人工の世界”で展開している事なのよ。予定された運命をただ黙って、それが決定事項とも知らずに享受するのみ・・・・・・その“造られた人工の世界”の作り物の秩序を唯一打ち破る可能性
―― それがイレギュラーよ。あなたには、その要素がある ―― “ナーヴ”が「保身」の為に判断し、その排除を“ウェンズデイ機関”が請け負った ――
ただそれだけの話なのよ、言ってしまえば」
そこまで黙って聞いていたアオイが怪訝そうな顔で問いかける。
「・・・・・・それじゃ、機関は現状維持派ということだよな・・・・・・ならどうしてお前はそこに居る?むしろ“世界”に愛想尽かしたなら、破壊の側に回るんじゃないか?」
それを聞いた純禾は、何処か自嘲するような表情を見せつつ、言葉を続けた。
「
―― それが私の抱える“自己矛盾”よ・・・・・・変革が起これば、必ずや混乱が、混迷がまた訪れる ――
結局何も変わらない・・・・・・そうだと“私”が思い込んでいる・・・・・・いえ、そう思いたいだけかもしれない。でも私はもう、それを見たくないのよ・・・・・・繰り返したく、ない・・・・・・大深度戦争で、私は、“私”の全てを損なったから・・・・・・」
悲痛な、言葉だった。それはその声音にも、ありありと浮かび上がる。アオイは、ただ雲隠れする月を眺めつつ、黙ってそれを聞くだけだった。雲に月が隠され、部屋を闇の帳が覆い尽くす。
「
――
今までに何人の“要素”を切り捨ててきたのかは、もうわからない・・・・・でも私には感じた。それを繰り返すたび、“私”の何かが更に深く、損なわれていくのを・・・・・・でも、もうどうでもよかったのよ、きっと。私にはもう、目的も展望もなかった。希望も、絶望すらももう既に、枯れ果てていたのね・・・・・・」
「・・・・・・そうか」
アオイが発したのは、ただそれだけだった。何処か苛立ちがあった。それが一体、何に対してなのかは、わからなかったが。もしかしたら、自分自身に向けての苛立ちだったかもしれない。
「その後、私はあなたと出会った。勿論、“排除”するためにね・・・・・・だけど、それなのに・・・・・・」
俯く彼女の顔を窺い知ることはできなかったが、彼にはわかった。
泣いている
―― と。
「わかるわよね・・・・・・どうして私が、こんな事をわざわざ、あなたに話している訳が・・・・・・もう・・・・・・私が、あなたを ――
」
その後は、聞くことができなかった。声は既に、慟哭に覆われてしまっていた。それでも、アオイには、わかったが ――
その真意が。そしてそれに応えるということが、いかに辛いことかも。勿論、双方にとって。
アオイにはただ、跪く彼女を見守るしか、なかった。だが、惑いを隠せない表情のまま、やがて“彼女”の元へと、少しずつ歩み寄っていく。
雲の帳から解き放たれた、さやかな、余りにもさやかな月の光が再び深刻の闇を優しく開き、部屋を、二人を照らす。やはり、優しく。
床に吸い込まれる涙の影が、全てをそこに、映し出す
――
<-- BACK | 小説ギャラリー | NEXT -->