ホーム > 小説ギャラリー > Artificial Crisis > -. #.none “LAST REST”
陽光が眼に弾け、その飛び散った残滓が静かに体を叩く。乾いた風が音もなく吹き過ぎていく。既に季節は、秋近くなっていた。
目の前に置かれたグラス、そこに注がれた液体の寒さに水滴が表面を覆う。それが伝い落ち、乾ききった白いベランダに一抹の潤いを与える。それをただ黙って、じっと見つめる一人の男
―― アオイ。その顔からは、何の感情も読み取れなかった。
――
あれから二週間が経った。その間、何もする気が起きなかった。やったことと言えば、機体の修理・整備程度。何故かはわからないが ――
そんな状態が続いていた。気付くといつも、ビールが注がれ汗をかいたグラスを傍らに、こうしてベランダに座っていた。ただ、それだけだ。結局グラスの中身が消費されることもほとんどない。まるで一つのオブジェの如くその場に鎮座しているのみだった。
この原因が彼女だということは明白だろう。だが
―― その理由を解することができなかった。彼女に対する感情 ―― それが平坦であるということはない。だがそれでも、どうにも“それ” ――
この現実、と言うか現在の自身の行動と、自身の心情が一致しなかった。
―― そんなに自分を騙したいのか、それとも ――
あれはある意味彼女との決別だった。もっとも彼女の本来の目的は自分を殺すことだったのだが・・・・・・しかし・・・・・・
もしそうならあの時彼女を殺すべきだったのだろうか
――
だがそうしたところで結果は同じだったとも言える。失くすものが違うだけだ ――
多分。
それに殺す気があるのならば、チャンスはあった筈だ。例えばあの時も ――
本部施設地上で、“陽炎”を相手取る自分には、彼女の存在は知れたが、動きまでを察知することはできなかった。
それとも ――
その時もまだ、“迷って”いたのか ――
別のところに憂慮があるのかもしれない。果たして、“ファンタズマ計画”はどうなったのだろうか ――
あの男の言葉を思い出す。何をしようと意味はない・・・・・・もう手遅れだ、という。
悪寒が背を貫く。奴の言葉を信用するならば、それはもう完成しているのだろうか。だとしたら、それは一体何をなさんとするのか・・・・・・
また、別のものを思い出す。あの夜、倒した“実験機”
―― それが内包するものを。いや、“実験機”はあの外郭ではなく、その中身そのものだったか ―― あの、二つの“存在”の狭間に位置するモノ ――
どんなに考えても、また考えずにいても、意識的に、または自然と浮かんでくるのは自問と疑問しかなかった。
眼を伏せる。ガラスを滑り落ちる水滴の溜まりが、徐々にその占領域を増していく。また、風が吹き抜ける。冷たい風だった。見れば、何時の間にか陽も傾き始めていた。少しずつ、秋に近づく晩夏の黄昏
――
眼を上げ、見上げるその顔に降る光もやはり、冷たさを増していた。
これからどうするべきか・・・・・・形上、彼女の依頼は終了している。だが“ファンタズマ”・・・・・・それが存在するならば、破壊するのも責務の内か
――
しかしそれが何処にあるのかわからない今、もしそうであっても動くことはできない。彼女から何らかの連絡があるということもなかった。やはりこれはもう“終わり”でいいのか・・・・・・だが、まだ終われない
――
否、終わりではないとの思いが心を占めていた。
こんな中途半端な形で全てが途切れてしまったのは自分の責任だろうか。あんな終わり方をした。
すっかり汗をかき、濡れたグラスを手に立ち上がり、赤い空を見やる。だが、もう見飽きた風景だった。こんなことを毎日繰り返していれば・・・・・・
室内に戻り、差し込む陽光に長い影を作らせつつ例の無機なジャングルへと足を運ぶ。僅かな蒸発分以外、内容量の減っていないグラスをサイドボードに置き、自身はモニターの前に置かれた椅子に腰を下ろす。
そのまま五分ほど、死んだ画面を見つめていた。別に起動を忘れていたわけではない。システムを立ち上げ、万一そこに何らかのメッセージが届いていたとしたら・・・・・・それを直視するのを恐れていたのかも、しれなかった。
それでも何時までもそうしているわけにもいかず、溜息を漏らしながらそれを起動する。ボードの上に置かれたグラスを掴み取ると立ち上がり、それを洗うべく流しへと向かった。待ち時間を潰すという意味合いもあった。
全く口を付けていない液体を流し捨ててしまうのは、やはり気が退けたが今更飲む気にもなれない。今日までの数日間は、この場で無理矢理飲んでしまっていたが
――
どちらがより勿体無いと言えるだろうか。思いながらも結局それは排水溝の奥底へと吸い込まれその後を、グラスを洗った水が追っていった。それをさっさと拭いてしまうと棚におさめ、もうとうの昔に起動完了したであろうコンピュータのところへ戻る。
手の水分を拭い、椅子に身を落ち着ける。それ以前からもうわかっていたが
――
一通のメッセージが届いていた。毎日これをチェックしているわけではなかったが、あれ依頼外部からメッセージが入ったのは、これが最初だった。人付き合いが悪いといえばそれまでだが。
差出人の名前はもう、見る必要が無かった。その内容だけを確認する。
これが何かの偶然なのか、それとも定められたことだったのか・・・・・・その文は、まだ“それ”が終わっていないことを端的に示していた。
アオイは何も言わず電源を落とし、再び暗く死んだモニターを後に、階下へと降りていく。
送られてきたメッセージの内容
―― それは『白の砂漠に来て欲しい ―― 』ただ、それだけだった。
あの時と同じだった。この差出人から最初に受け取った依頼文と、同じ ――
そう、感じた。その文が、内に含んでいるものが。
差出人は言うまでもないことだが彼女だ。その意図が何なのか ――
そこに何があるのかはわからない。だが ――
それが、そこで終わる ―― そう、確信していた ――
その“終わり”が、どんな形であるとしても ――
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