ホーム > 小説ギャラリー > Artificial Crisis > “Artificial Crisis segment-α”
「 ――
こんな噛ませ犬を嗾けやがって・・・・・・一体どういうつもりだ?」
荒れ狂う白が視界を覆う中、僅かに確認できるのは、数十メートル向こうにある機体の、その紅いアイ・ユニットの輝き。そして、足元に転がる焦げ付いた装甲
―― 何処か甲殻類を連想させるようなフォルムをした機体の、成れの果てだった。
『 ――
それが何かは知っている?・・・・・・それが“ファンタズマ”よ・・・・・・もっとも、それはプロトタイプだけれど』
質問には答えず、逆に問うてくる。しかもそれに対する解答付きで、だ。
あれがプロトタイプであることは頷けた。性能的にも、取り立てて眼を見張るところは無かった。強いて言えばその火力
――
丸みを帯びた頭部の下、突き出されるかのように配置されたアームに挟まれあるプラズマ・キャノン、そして大量のバーティカル・ミサイル。それらは確かに強力ではあるだろうが、当たらなければ意味は無い。そしてそれが有していた高い装甲能力も、決して良好とは言えない機動性に足を引っ張られる形となっていた。
現にプラズマは闇雲に降りしきる雪を溶解させ、ミサイルは地形を微妙に変化させるに留まり、ほとんどその能力を発揮することなく処分された。そしてそれが溶かした雪、変貌させた地形は共に降雪により全てが無に帰していた。
「
――
もう一度聞くぞ。一体何のつもりだ?」
舞う雪にも勝るような、冷たい声で再び問う。既に破壊した“ファンタズマ”には、もう興味も何も無い、といった風に。
『
―― 私には、わからない・・・・・・けれど、“これ”を終わらせなければならない・・・・・・それはわかる、感じている。あなたも ――
そうなのじゃない?』
ある意味ひどく具体的な答えだったが ――
またある方面では、答えとしての意味すらなさない“回答”でもあった。だが、彼女が言うことは ――
実際、図星だった。
「本気で来る、ということか・・・・・・構わんぞ。俺も丁度“そう”思っていたからな・・・・・・」
彼女は無言だ。だが、その眼の光芒
――
それが途端に立ち消えたことで、それを悟る。
“終わり”が始まったことを。
すぐさま飛び退きつつ、前部アサルト・アーマーの接続を解除、雪原に投棄する。それと連動して滑り落ちるバインダー・アーマーとまだたっぷりと燃焼剤の残っているタンク。全重量の急激な低下に、機体が一瞬浮かび上がる。だがそれもすぐに落ち着き、次いで凄まじいまでのノイズが、レーダーに走った。
相手の主兵装がブレードであることは既知だ。当然その上、一撃必殺を狙ってくるだろう。それでは、中途半端に実装甲厚があってもそう意味は成さない。ならばいっそ余分なものは放棄し、機動力を確保する
――
そういった、判断だった。
加えてこれらのアーマーは、投棄時に超強力なECM発生装置と化す。元々は緊急時の離脱用のものだったが・・・・・・周囲の電波をのべつまくなしに攪乱する代物だ。並の対ECM装備では何ら意味を成さないレベルである。当然こちらのレーダーも使用不能になるが
―― 元より、相手がステルス機能完備なのだ。ロクに性能は発揮されないだろう。
これによってある意味、環境的には対等となった ――
被弾径始も、ブレードには無意味だ。レーダーは互いに使用不能、さらに折り悪く到来しているこの猛吹雪 ――
頼りになるものは僅かな知覚情報と、感覚だけでしかない。閉ざされた、戦いだった。
大重量という枷から解放され、一気に機動能力向上した機体の浮遊感に弄ばれながらも、相手を“探す”。探すといっても、限られた情報からそれを求めるしかない。機体を旋回させた瞬間、左手に朱が走った。
突如やってきた事象に眼を見開きつつ、ブレード表面にスクリーンを展開、叩きつけられる光を受けようとするが
――
寸前で消失する。だがそれが“予備動作”に過ぎないことは、すぐにわかった。反対方向から襲い来る腕にライフルの銃身を打ちつけ押し留め、すぐさま青刃を突き入れる。僅かに中空に浮いていた機体がそれに向けて白い帳を裂き前進するも相手を捉えることはできない。
「速いな・・・・・・」
単純な感想が口から漏れる。以前手合わせをした時よりも、確実に高速化している。あの時は本気ではなかったのか、それともあの時とは機体が違うのか
――
この状況下で敵機細かなディティールまでを把握するのは不可能だったが。
「こっちも殺る気で来いってか・・・・・・」
ライフルを握りなおすも、撃つことはしない。撃てば僅かではあるが、隙ができるし、何より相手に居場所を瞬時に悟られる。彼女もそれを知ってか、先程からパルスライフルを撃つ気配は全く無い。
流石に方向感覚が次第に狂ってくる。どちらを見てもただ吹雪でしかない。辛うじて地形変化や、投棄したアーマーに接近することで起きるノイズの強度具合によって僅かながらの感覚を繋ぎ止めているだけだった。
右側面に雪が不自然に散るのが見える。気付くが早いか、こちらもブレードを形成、獲物を求める刃は互いに引き寄せられ、またも腕同士が激突する。周囲に散る高速のノイズ。衝突の反動に揺さぶられながらもお互い刃を薙ぎ、散ったそれが僅かに両者の装甲に跡を残す。次の瞬間には既に彼女の機体は降雪の裏へと消えていた。
若干の焦りが芽生える。嫌な汗
――
冷や汗をかいているのを感じた。微妙にだが、押されている。確実に。それはこれまで仕掛けてきたのが全て彼女の方から、という事実が如実に物語っていた。
これまでは何とか反応することができ、運良く大事に至らずに受け流すことができたが
――
その幸運も、そう長く続くとは思えない。だが焦ればそれだけ自分を追い込むだけだ。それは分かり切っている。しかしどうしても奥底から芽生えるその感情を抑えることができなかった。
――
再び正面の雪が散る。続けて来る横薙ぎの斬撃。
「くそっ・・・・・・!」
上半身を後方に傾け、そのまま機体を退かせるが間に合わない。コア下部に取り付けられたインテーク、そしてその後方に位置しているA/B機構の一部が赤にもっていかれる。機体が軋み、斬り飛ばされたそれが雪中に消えるのを見たが、気にせず右手を突き出し目視でそれを放つ。
銃口で起きた爆発はそのまま相手の右肩を叩いたが僅かに弾丸を逸らされ、装甲面を割るに留まる。舌打ちしつつもう一発撃ち込み、命中したかどうかの確認をする余裕も無く、一気にジャンプからのダッシュで後退する。相手の反撃はすぐそこまで迫っていた。
コア下部のダメージは致命的なものではなかったが、やはり装甲能力の低さは響いている。損傷部が落ち着くまでにも時間がかかっていた。
「これならアーマーを残しておいた方が良かったか・・・・・・」
だが今更後悔したところで、どうしようもない事は分かり切っている。ここからどうするかが重要だ。
その時、飛びかかってくる“煌珊瑚”(恐らくだが)の姿を確認する。この距離で反応できれば時間はある。迎撃を試みようと足を踏み出すが、そこで思いがけない事が起こる。アオイはその不運に叫び、舌打ちするしかなかった。
「!?・・・・・・何!?」
踏み出す足が沈み込み、視界もそれに次いで急速に下がる。何とか上半身を前に倒し、完全に埋没するのは避けたが、向かってくる敵の回避が間に合わない。恐らくは窪んだ地形に溜まった新雪に運悪く足を踏み入れてしまったのだろうが
―― あまりにタイミングが悪過ぎる。今までの幸運の反動かと絶望しかけたが、まだ運は尽きてはいないようだった。
――
向かってくる相手の眼光と、身動きの取れない自機の中間にあるもの ―― 自ら投棄したアーマーのさらに一点に、それはあった。やや扁平気味な大型のタンク ――
何を考える余裕もなく、ただ必死に右手をそちらへ向け、弾倉に残った全ての弾丸を一時に送り込む。次々とタンクの表面にめり込む高速弾。今すぐには動けないと知りながらもブースタを噴射、後退を試みる。閉鎖空間での使用によって雪は溶けるが被熱も半端ではなかった。が
――
次には、それに倍する熱波が周囲を焼いていた。
外装が砕け散り、飛び出し、燃え盛るタンク内液は横に転がるもう一本のタンクをも巻き込み、煉獄の炎を形成した。これで敵も進行を阻まれた筈だ。さらにその熱風に雪が溶かされ、機体が自由になる。すぐさま後方へ飛び、巻き起こる陽炎を裂き、次に来たるさらなる熱波から逃れる。舞い散り霙の如くなって落ちる白雪が眼に重い。その二相系の向こうに見たのは、彼女の機体、そして吹き飛ばされ、尚も燃えるアーマーの残骸だった。
このことで撒き散らされていたノイズは一瞬にして収束され、レーダーも元の状態に復帰する。何となく感じられていた肉体への圧迫間からも解放された感じがあった。
『
――
なかなか、やるわね・・・・・・あの時以上、かしら』
戦闘を開始して以来、初めて彼女が話しかけてくる。だが、その声色は複雑極まる感情に裏打ちされ、揺れ動いているかのようだった。
「お前こそ、“あの時”は本気じゃなかったのだな・・・・・・」
弾倉を交換しつつ言うと、次の衝突に備え気持ちの準備を整える。先程より、僅かではあるが吹雪が弱まり、目視できる範囲が拡大していた。強烈なノイズの心的、肉体的圧迫から解放された感もあってのことだろうか。
それを話す間にも既に炎は大量の水を蒸発させ、内液を貪り尽くし、消えかけている。そしてその残り火も、即席に自ら作り出した氷水の流れに攫われ、遂に立ち消えた。
豪風を切り、彼女の機体
――
その持つ刃が迫ってくる。張られたスクリーンとの激突にその表面が波打ち、叩きつけるようにして刃をいなす。スクリーン展開時の腕部異常温度上昇は調整により幾分軽くなっていた。ただ、他のブレード以外の機能は自ら半封印としていたが。結局大した改善を見るには至らなかったからだ。
攻撃サイドで唯一機能が安定しているブレードを展開、こちらからも斬りかかる。その残影は鮮やかに空を彩り、そして刃本体は機体とともに相手の元へと突き進む。横薙ぎからすぐさま刃を持ち上げ、十文字に斬りつける。が、やはり速度が足りず、タイミングを刹那ずらされ青刃は虚しく宙に崩れた十字を刻んだ。反撃の突き入れに、体を右方向に開きかわし、同時に左腕を振る。機体が一気に回転、時同じして前進、肉薄、高速で振り回される刃が敵を叩く
――
寸前、腕の側面を相手に押し留められる。この速度で運動する腕を正確に止める技術に驚きつつも、相手の押し留めている左腕に光が宿ると、慌て腕を振り上げ、叩き下ろす。しかしそこにはもう敵の姿はない。
戦慄を覚えつつ強引に機体を左に飛ばし、捻じ込むように右手を出し、勘だけで弾を撃つ。だが、手応えはない。
“何か”に耐えられず、思わず叫びが漏れてしまう。
「お前は・・・・・・一体どうしたいんだ!?絶望した世界を壊すのか、それとも護るのか・・・・・・結局どっちなんだ!!」
よもや何かを考えることはできなかった。あの夜、語られた内容も既に加速化した記憶の中に断片化し、それを機軸にものを考えるということもできなかった。そしてやっと気付く。自分の中でも、何かが急速に崩壊していっているということに。
彼女は、応えない。ただ黙り、ブレードを打ち付けてくるのみ。まるでそれが答えとでも言うかのように。そしてこちらもそれに応えるしかない。だが、今の自分がそれに耐えられるわけがなかった。
怒号が、多すぎる感情を内包して迸る。
「答えろ、純禾ぁッッ!!!」
極度の興奮状態に、感覚が鋭敏化していく。何故ここまで急速に
――
叫びつつも、脳の片隅では冷静にそんなことを思考していた。だが、それは既に覆われ、圧殺されてしまっている。この、現実に。
『私には・・・・・・わからない!けれど、これが私の使命なのよ・・・・・・!!』
「っ!・・・・・・・」
先刻と同じような答え。だが、その切迫した口調が伝えるもの
―― それは ――
果てしない絶望の深淵だった。
そしてはたと気付く。狂ったように振り出されるブレードを受ける感覚すら、冷めたように硬直していた。それほどの、感慨だった。
似ている
―― 。自分自身と。
彼女の真の目的を知りつつも、それが“使命”故に果たそうとした ――
そして今もその延長に未だ存在し、何かが崩壊していく自分。
そして、絶対的な自己矛盾を抱えながらも“使命”を果たそうとし、消去すべき俺の存在にさらなる二重の葛藤と自己概念の矛盾との狭間に立たされ、やはり崩壊寸前な彼女。
――
一体これは何だ。自問だった。いや、自分に対して問うたのではない。この既に構築し尽くされ、ただそれをなぞるだけでしかないこの“世界”に。
この作られたような、まるで人工産物のような“世界”
―― 否、本当に人工の産物でしかないような“世界”の、巨大な深淵に。
――
どうしようも、ないじゃないか・・・・・・
一体どうしろというのだろうか ――
俺に、これを変えろというのか?それは無理な相談というものだ。
たった一人の人間の、それも曲がりなりにも俺を想ってくれた人すら今の今まで理解できなかった自分に、そんなことをする力も、権利もある筈がない。
――
どこから始まったんだ・・・・・・“これ”は・・・・・・そしてこれが、その“終わり”なのか・・・・・・?
「 ――
くそったれ・・・・・・!」
眼前に居た“煌珊瑚”の右肩にブレードの基部をそのまま打ち付け、動きを止めさせる。いままで何をどう戦っていたのかもわからなかった。
ただわかるのは、今の状況のみ
――
屈み込む彼女の機体、そのコアに右手に握るライフルを突き付ける。
だが
――
「純禾・・・・・・お前は本当に・・・・・・」
ライフルを握る、その指はトリガーには、かかっていなかった。そしてその静かな問いに対する答え、その声には、恐ろしいほど感情がなかった。
いや、あまりにも多くの感情が幾重にも交錯し、全ての色相を失ってしまったのか
――
「 ―― さよなら」
その眼を、視界を、哀しいまでに紅い光が、焼き尽くした ――
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