ホーム > 小説ギャラリー > Artificial Crisis > “Artificial Crisis segment-ω”
頭部、センサーアイ・ブロックの蒼い光が消えると、純禾はそのコアに対し突き付けていた左腕をそっと引く。腕の周囲には、紅い残滓が僅かに瞬いていた。
そして、“天風”の機体が全ての力を失ったかのように雪原に膝を突き、上半身が前に傾いた。一刀のもとに貫かれたジェネレーターが、機器の暴走を防ぐために機能を緊急停止した、結果だった。
跪いたその機体、そのコア中央部は無残に焼け爛れ、背部にも貫通の跡が残っていた。コア内部が現在どのような状況を呈しているかは、最早語るまでもない。
ただそれを茫洋と見つめ、立ち尽くす純禾の背後、深い雪霧の向こうから声が響く。まるで、嘲笑うかのような声が。
『
―― 任務完了、だな』
「 ――
あなたに・・・・・・何がわかるって言うの・・・・・・」
言葉の内容は明らかに怒りだ。だが、その声色には、既に怒りも悲しみも、なんの感情も感じられない。どこまでも続く直線道路のように、それは恐ろしく平坦だった。
それに対し返ってきたのは、笑いと、一つの言葉だった。
『
――
分かラないな、俺ニは』
「!?・・・・・・あなた、まさか・・・・・・」
二つの声音が明らかに混じり合う発声。それに違和を感じた彼女は、言いつつ機体を反転させる。
吹雪の中、そこにあったものは
――
まるでそこに力場でも存在するかのように浮く、二脚の機影。あの機体 ――
“ヴィクセン”を彷彿とさせるような頭部。そして胸部から突き出る、“ファンタズマ”の頭部に酷似したユニット ――
その腕、その脚裏から伸びる尾のようなそれも、“ファンタズマ”のものに、また似ていた。だが ――
背部から伸びる不気味な黒翼を含め、全てが異様に有機的であった。
『そうダ・・・・・・これが“ファンタズマ-アビス”・・・・・・俺はこいツに繋ガったその時カラ、感ジていた
―― コイつの求めているもノが、俺のモトめテいる物ト、全く同じダト・・・・・・コイツの、意識を感じル ――
“ソレ”のためなら、絶対テキなそレノためナら、オれは肉体もイ識も、ナニもかモくれテやるサ・・・・・・コイつにナ』
悪寒が、背を走り抜ける。今までにこんな戦慄を味わうことはなかった。だが
――
同時に一つの、根源的な疑問にぶつかる。“何故それに自己意識があるのか”、という。確かに“ファンタズマ”搭乗の際には、その搭乗者は“生体パーツ”にその姿を変えることとなる。純禾も、詳しいことは知らない。だが少なくとも、既に“人”の姿はしていない筈だった。その彼が体感している、そして顕現させている事象が、嘘であるとは思えない。だが
――
あれは本当に、ただの一機械兵器なのだろうか。いや、そんな筈はない。少なくとも、今のこの状況を見る限り。人工知能、というのも当たらないように感じた。あの意識は、後付で設けられたものではないような、感じがしていた。あくまでも、体感だが。
更に、思う。あれは本当に、“ウェンズデイ機関”が「作ったもの」なのか・・・・・・
“ウェンズデイ機関”の“ファンタズマ計画”
――
それが実際、何を作っていたのかは、彼女も知らない。まさかとは思うが・・・・・・
“ファンタズマ-アビス”が“ファンタズマ”の発展タイプなのではなく、“アビス”の方かオリジナルであり、それの模倣形が、“ファンタズマ”なのではないか・・・・・・
だとしたら、あれは一体何なのか。あまりに有機的、生物的過ぎるその機体に、“ファンタズマ”
―― 、幻、幻想という言葉が重なり、纏わり付く。
「それは、一体 ――
」
口から出たのは、その言葉のみだった。他に何を言えばいいのか、皆目見当もつかなかった。
『コレハ、コいツは、“全テ”だ ――
』
これは最早意識の同化というより、侵食というべきだろう。もっとも、あれが彼の本心から出た言葉なのか、それとも喰い潰され、新たに形成された思考が発したものなのか
――
一つ、気付く。先から彼が常の口癖のようでもある『面倒』という言葉をただの一度も発していないことに。そこまで、既に塗り潰されているというのか。
だが、その思考も中断せざるを得なくなる。何の前触れもなく、それがこちらに宙を滑るかのようにして飛び掛かってきたからだ。
尋常ではないその移動速度に、反射的に横へ飛び、その突撃してくる機体自体をかわすことしかできなかった。これはもう、“ファンタズマ”とは全くの別物だった。
「っ
――
!一体何を!?」
彼に向かって叫ぶ。対し、返ってくるのは不快な、だがそれでいて深淵のような冷たさを持ち合わせた、混じり合う二層の言葉だった。
『オ前をタおす。矛盾シタオマえの死を、お前モ、世かイモ、望ンデいる
―― 』
「 ――
私が、どうして!?」
叫びは、悲痛だった。彼の言葉を解していないわけではない。だが、それが自分の中の何かを切り裂くのに、耐えることができなかった。
『アイつを矛じゅンの中でタオシタお前自しンが、それを思ッテいるノダロう?』
「もう
――
もう、止めて・・・・・・」
掠れるような声に、僅かに混じるのは、自ら生まれた冷たい流れだった。だが、自分の体、その機体を動かす衝動的な行動を、止めることは、できない。
眼前に迫る機体から体を捌きつつブレードを横に振り切り、その飛び出た胸部に一太刀を浴びせる。が、常軌を逸した起動によって先端を僅かに焼くに終わり、同時に相手の横へと飛んだ自機に向き直る。有人であれば、仮に“強化人間”であっても完全に耐えられるかどうか怪しいほどに、鋭過ぎる機動だった。そして、今まさに斬り付けた胸部下から、耳を聾するような音と共に連続して火線が伸び、迫り来る。
ただ一心に機体を後ろへ退かせ、勘
――
というよりも自分の体が成すがままに、自機を揺り動かし次々と飛来する高速弾を逸らし、滑らす。が、その威力と弾速の前に装甲面が削り取られ、まともにそれを喰らった右手が、握ったパルスライフルもろとも背後に飛び、音も無く吹雪にまみれ、白銀に埋没した。
『
――
サすガに、中ナカやルナ・・・・・・』
「・・・・・・・・・・・・」
重い揶揄を隠した賛辞を聞いても、何も返せない。更に直後、目前で繰り広げられる事象に、眼が見開かれ、再び強烈な戦慄に襲われる。
傷付いた胸部の装甲面から無色の、まるで体液のような液体が滲み出し、そこに塞ぐように流れ込む。そして
――
数秒後には違いなく、そこは新品同様であるかの状態に立ち返っていた。
『コレをどウ思う・・・・・・?スバらしイとはオモわなイか?』
まるで嘲笑うかのように、未だ動けないでいる“煌珊瑚”を前にして、その踏ん反り返ったような上半身から伸びる右手の甲から、透徹としたように蒼い巨大な刃が展開、それが、自らの左腕に触れ、一気に断ち切る。
「な
――
!?」
思わず声が出る。やはり音も無く雪原に沈む斬られた左腕。だが直後に、やはりそれは起こった。
こちらの反応を楽しむかのようである眼前の機体の痛々しい切断面からあの液がどっと溢れ、少しずつではあるが、外の冷気に触れて凝固するかのようにそれが固まり、再びそこに何事も無かったように左腕が顕現していた。無限のように感じられる、数十秒だった。
――
あれは一体何なのだ。導かれる答えは一つしかなかった。例え人工知能であっても、元から意識のあるものだとしても、関係ない。ただあれは、貪欲な自己意識を持つ、常識外の戦闘構造体なのだと。
――
一体どうすれば・・・・・・
あれに敵う筈が無いのは自明だし、理解もしていた。だが、どうしてもそう思わざるを得ない。結局、思考の終末に絶望を味わうでしかないというのに。
眼前に浮かび立つ構造体を止めるには、その意識を侵食され、組み敷かれた彼自体を破壊するしかないだろう。だが、それを“彼”が
――
“あれ”が許す筈も無い。
既にあの弾幕を正面から受けて尚、立ち続けていること自体が奇跡に等しいのだ。機体の状況を見れば、運よく中枢部を撃ち抜かれなかっただけのことにすぎない。
“機関”はあれを何処で手に入れたのか・・・・・・そもそもどうして、あんなものが存在していたのか。考えても意味の無いことは分かり切っている。だがしかし、どうしても考えないではいられなかった。何かを考えていなければ壊れてしまう
―― 否、既にとうの昔から壊れていたのだ。そんなことは、自分で知っているし、分かっている。だが、それでもやはり ――
『まダ抗うノか・・・・・・?ソレトも、もう諦メるカ・・・・・・?』
何の表情も、感情も浮かべずにこちらへ、ゆったりと、泰然と向かってくる“アビス”
――
深淵。避けることの不可能な存在の到来を、全身に感じていた。
もう、体も動かなかった。思考すらも動いてはくれない。ただ体中心の何かのみが、逃避を促している。それに応えることは、自分の“体”であってももう不可能だったが。
眼前で留まった深淵、その幻想を前にして、ただそれを呟くしかなかった。それすらも、その懇願すらも一瞬で、打ち砕かれることを知らずに。
「スティンガー・・・・・・あなたは一体、何を求めて・・・・・・」
一時の、空白。蒼刃と共に、それが発せられ、宙に弾ける。
『俺は・・・・・・スティンガージャ、ナイ・・・・・・』
絶望が、その頬を伝った
――
哄笑が、響く。
虚しく、響く。
この白銀の舞う、三の骸が打ち捨てられ、転がる荒野に。
真中でコアを断ち切られ、吹き飛んだその機体。それはもう、何も語らない。コアの真中を打ち抜かれたその機体も、何も語ろうとはしない。ただの集積物と化したそれも、当然何をも語ろうとしない。
その前に浮き立ち、そこから蒔かれる、乾いた哄笑
――
それは何を招くのか。
そしてそれは、何を、引き起こすのか ――
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