ホーム > 小説ギャラリー > ―∞ WINGS― > 1/∞ Sortie without permission
レイヴンという人間であっても、世間に紛れて人並みの生活を送っている者は多い。
――いや、むしろ
“レイヴンだからこそ人並みの生活をしている”
と言った方が正しいのかもしれない。
下手にそれらしい生活を送れば、どこぞの企業やテロリスト、もしくは恨みを抱く個人からの依頼を受けて、暗殺者が送られる事がある。これまでにも、そういうケースで命を落としたレイヴンは少なくない。
どんがらがっしゃぁん!!
それは彼――レイザス=イェーガーの場合も例外ではなく、爆睡中に寝返りをうった彼は、今まさに自分のベッドから落下したところだった。
ちゅごぉぉぉぉおん……
激突音の後に、何故か爆発音が入る。
その音を聞きつけて、彼の同居人であり、同時にマネージャーも務めるエクセリア=ファーゼンバーグ(セリア)が部屋に入ってきた。
20代半ば、背中まで届く金髪と鮮やかなマリンブルーの瞳が印象的な、何ともほんわかした雰囲気の女性である。今は朝食を作っていたのか、ロングスカートとセーターの上にチェックのエプロンを着けて、手にはそれぞれフライパンとフライ返しを持っていた。
そして、彼女が最初に見た物は、床に顔面サイズのクレーターを作り、その底に顔面キスをかましている相方の姿だった。
「おはよー。……で、大丈夫?」
一応そう聞くものの、その顔には心配のカケラもない。
彼の寝相の悪さは人間国宝並に常識外だったりする。一度など、自室のドアをぶち破って、そのまま玄関まで転がっていたことさえあった。
こういう生活を始めてから既に半年が経っていて、最初、セリアはそれを直そうとしていたのだが、未だに直っていない。というか、ここ最近はもう見放していた。
「まあ、何とかな。……で、朝飯は?」
むくりと起き上がってベッドに座り込むと、そう尋ねる。“少しは心配しろ!”などというセリフは全く出てこない。
適当に刈り込んだ褐色の髪に、僅かに青みがかった黒瞳。傍から見たら、バイト先の気のいい兄貴と言った所か。
「もうすぐ。早く来ないと、食べちゃうわよ?」
「へいへい」
いつもと変わらない、ちょっと世間のレイヴンのイメージからかけ離れた朝の1コマ。
仲のいい恋人同士が同居しているという風情すら感じられる。別に本人達にそんな意識は微塵もないのだが。
で、朝食を食べながら、レイザスは、『久しぶりに仕事しに行こうかなぁ……』などと考えていた。彼はアリーナでも比較的上位に位置しているが、賞金の多くは諸事情により消えており――新米の頃と変わらずに金欠状態だったりする。
「セリア、なんか仕事無い?」
食後。ブラックコーヒーをすすりながら尋ねる。
「え? 今日はまだ見てないけど……すぐでなきゃダメ?」
セリアは自分のマグカップに山盛りの砂糖(ちなみにダイエット用)とクリームを入れて尋ね返す。
ちなみにレイザスは、
「濃厚なブラックこそが真のコーヒーだ!!」 という、意味不明なまでに熱く、そして、濃い主義を持っていた。
そんなわけで、2人が一緒に仕事を始めた頃に大喧嘩になったことがあったが、それはまた別の話である。
ちなみに、セリアの妹に当たるフェリィはというと、相当な激辛大好き人間で、何かしらの香辛料を常に携行している。
そういう訳で、この2人も食のことで結構意見が分かれることが多く、数年前に一大紛争が勃発した事があったりもした。
「んにゃ、別にいい。暇ンなったら、またアリーナにいくから」
「いいの? そんな事言ってたら、ACとしか戦えなくなっちゃうよ?」
レイザスの、2枚目でありながらどこかやんちゃさを感じさせる――2.5枚目の顔を覗き込むようにして、セリアは言った。
「大丈夫だって。俺のミッションの成功率、わかってるだろ?」
「87.5%でしょ?」
「って事は、8回に7回は必ず帰って来るって、そういう事になるじゃん」
というか、実際の所、彼はこの半年で8回しか出撃していない。それ以外はほとんどアリーナ漬けの生活を送っていたので、セリアの本来の仕事であるミッションの斡旋や作戦時のオペレーティングも、ほとんど開店休業状態だった。
「……私は残りの1回が心配なのよ」
うつむき加減で、コーヒーをスプーンで意味もなくかき混ぜるセリア。気楽にそんな事を言ってのけるレイザスには、さすがの彼女でも、少しついていけなかった。
「気にすんなって。あの時だって、別に機体がやられたわけじゃないんだから」
「それはそうだけど……」
「ってかさ、朝っぱらからそんな暗い話は止めてほしいんだけどな。人間楽観的じゃなきゃやってらんないぜ?」
「でも、私は、あなたのマネージャーなのよ。担当レイヴンの安否を気にするくらいは……って、どこ行くのよ?」
視線を上に向けると、いつの間にか、レイザスはライダースジャケットを着込んでヘルメットを小脇にしていた。
「あれ? 言ってなかったっけか?今日は機体の駆動テストでバレルド砂漠に行くって」
「そんな事ばっかりしてるから、仕事がなくなるんじゃないの? ねぇ」
そう答えながらも、彼女はそれが無駄であることはよく分かっていた。
レイザスの機体は、色々と込み入った事情があって、様々な環境での動作テストをする必要があった。
そういう風に機体をいじった理由を、彼ともう1人の当事者は口にしていない。が、“機体に愛着があるから、もっと強くしたくって、そうするんだろうな……”と、セリアは勝手に納得していた。
「そうはいかないって。んじゃ、行って来るわ。とりあえず、来てる依頼は全部機体に転送しといて」
言い残すと、レイザスはエレベーターに駆け込み、地下駐車場に降りていった。
愛用のバイクにキーを差し込んでひねる。水素タービンエンジンが唸りをあげた。
「よぉし……行くぜぇっ」
スロットルを開き、レイザスは駐車場のスロープを上ると、道路に出て一気に加速した。
ちなみに、このバイクは彼が地球にいた頃からの愛車で、何気にACよりも付き合いが長かったりする。
20分程度でコンコードの整備施設(ACのガレージの他、空港、輸送基地としての機能も持つ)の中にある、自分のガレージに着いた。キーを抜き取ると、開けっ放しのゲートから中に入っていく。
「よう! レイザス! また今日も派手に行くか?!」
「当たり前だ!」
メカニックにそう返しながら彼は、愛機“ヴァイトセイバー”の担当メカニック、カンジ=アラハシ(荒橋咸司)の所に行った。
無精ヒゲの浮いた、40過ぎのおやじである。
「おう。遅かったな、レイザス」
「そうか? これでも早く出てきた方だけどな。……って、予定よりも早いじゃねぇか、おい」
腕時計のデジタル表示を見て、きっちりとノリツッコミを入れるレイザス。
「俺達の仕事はもう片付いてるんだ。逆に言えば、お前が来なけりゃ何にもならない。そういうこった」
カンジはよれよれの帽子のつばをいじりながら答えた。
「そうかいそうかい。納得したぜ。……んじゃ、行くか?」
「そうだな。機体はもう輸送機の中だ。俺達が乗り次第、バレルド砂漠へレディー・ゴー! ってな感じだな」
「おうよ。……って、おいこら!ちょっと待てぇっ!!」
思わずカンジの首根っこをつかむレイザス。
「ぐほっ……。どうした?」
せきこむカンジに、レイザスは彼の後ろにあるそれを指差してみせた。
「武器が無くて、ヴァイトセイバーのテストがどうやってできんだよ……!!」
ワナワナと指先を振るわせながら尋ねる。
輸送トラックの荷台には、ヴァイトセイバーの武装――カラサワと月光、4連中型ミサイルとレーダーがあった。
「ん、いやぁ。どうせお前のことだ、例によって無茶苦茶やるんだろうから、武器も入念にやってただけだ。言ったろ?“機体は”輸送機の中だってな」
確かにウソは言っていない。
カンジはブルーグレーのツナギのポケットからタバコと使い捨てライターを取り出した。“カチッ”と安っぽい音を立てて、紫煙が立ち上る。
「こいつは『もう輸送機の中だ』とは言わねーだろ。それに、入念にやるのはメカニックの義務だろうが、義務」
レイザスの音量は小さいが痛切な一言が突き刺さり、思わずむせ返るカンジ。
「ぐほっ! ……ま、まぁ、そんなこたぁどーでもいいんだよ」
ゲホゲホやりながら答えると、何故か彼はその吸いたてのタバコを踏み消してしまった。それから慌ただしくトラックの運転席に座り、エンジンをかける。
――よかねぇよ、ったく。……つーか、ガレージは禁煙だろうが。
などと思いながら助手席に座るレイザス。隣を見ると、カンジが新しいタバコに火をつけていた。
“お前の辞書に分煙って言葉はないのか……?!”といつも思うが、言っても無駄なのでさっさと窓を全開にした。
輸送機の格納庫に到着し、降ろした各種武装をカーゴブロックの漆黒のACに装着する。
「よし! これでいつでもOKだな!」
その様子を見て、レイザスは満足げに言った。
ヴァイトセイバーを積んだ輸送機は、それからすぐに離陸し、バレルド砂漠へと向かっていった。
数時間後、バレルド砂漠に着くとすぐに、レイザスは機体を起動させた。
ジェネレーターの作動音がコクピットに伝わり、同時進行でセンサーが起動。頭部のバイザー状のメインセンサーが光を放った。
『メインシステム 通常モード 起動します』
そっけない女声を適当に聞き流して、機体を外に出す。
『メインシステム テストモード 起動します』
再び合成の女声がコクピットに響く。同時に機体の右腕が上がり、ライフルを正面に向ける。
だが、レイザスにはその動きだけで、ちょっとした違和感に気付けるだけの腕があった。
「おい、カンジ。ちょっと反応鈍くないか?」
使う人間だからこそ分かるわずかな遅れ。その遅れが戦場では生死を分けかねない。
『反応が鈍い? どっちだ?』
この場合、考えられるのは腕の稼動部分か管制システムの調整不足による反応の遅れだ。前者なら動き自体が遅くなり、後者ならタイミングが遅れる。
どちらにせよ、戦闘能力に悪影響を与える事に違いはない。
「こいつは物理的なやつじゃないな。まぁ、大した問題じゃないから後でやっといてくれ」
『レイザス。その発想はよくないな……』
「何だよいきなり?」
説教モードに入ったカンジに、思わず尋ねるレイザス。
『要するに、だ。俺たちはお前に100%の能力を発揮してほしいと思っている。だから、機体もそれに近づけているつもりだ』
「……何が言いたいんだ?」
『どっちみち使うのはお前なんだ。後で後悔しないように、今のうちにやっとけ。こんな物ぁBIOSを調整して最適化すりゃすぐに直る』
先ほどまでの口調とは裏腹に、投げやりにそう言って、カンジは通信を切った。
「“やっとけ”って、どうせなら先にお前がやっとけよ……」
テストに支障がでるが仕方はない。考えてみれば、以前もシステム面でのトラブルで面倒なことになったのだ(それが彼が失敗した1回である)。
レイザスはテストモードを切って、管制システムの調整に取り掛かった。
1時間後。
ACの制御システムはAD暦のパソコンとは訳が違う。BIOSの書き換えといっても、どこぞの遺伝子を組み替えられた少年とは違ってかなりの時間がかかる。
コクピットには、作業の進行を教える、カタカタ……という無機質な音が響いていた。
「……面倒だ」
これくらいは仕方がない。とは思いつつ、本心が口に出るレイザス。
3時間後。
やっとBIOSの調整が完了した。2回ほどシステムがおじゃんになりかけたのは言わない約束である(言ってる!!)。
最適化を始め、コクピットから出る。
ちょうど今は昼飯時なので、テストについてきたメンツは輸送機の中でコンビニ弁当を食べている。
「おい、カンジ。本当に調整したのか?」
同じくコンビニ弁当を食しながら、カンジに喰いかかるレイザス。
「別にそんな異常はないはずだぞ。……にしても、お前の相方ってのも、結構不親切なもんだな」
「何のことだ?」
カツサンドを頬張りつつ尋ねる。
「愛するパートナーに昼飯くらいは持たせてやれないのかって、そういうことだよ」
「アホか。別に俺らはそういう仲じゃないっての」
一蹴してから、レイザスは缶のウーロン茶(缶コーヒーなど彼にとっては邪道以外の何物でもない)を飲み干した。
「そういう風に見えるから言ってるんだよ」
「でも、お前は離婚してて、子供の親権もないからな。悪いけどそこら辺はアテに出来ない」
「おいおい……それとこれは別問題だろうが」
「じゃぁ、こないだポケットから出して、隠れて見てた写真には、一体何なんだよ?わざわざ端っこまで行ってみてるからには、ただの写真、ってこたぁねぇよなぁ……?」
「うっ……」
痛いところをまた突かれて言葉に詰まるカンジ。彼が見ていた写真、それには数年前に離婚した妻と、現在はその妻の所にいる一人息子が写っていた。
「未練があるんだったら、離婚なんてすんなよ」
「別に未練とかそういう事じゃない。ま、若いお前さんにゃ分からないだろうが、色々あるってことだ。……あれはもうすぐ終わるだろ。肩肘張らなくても、別にいいと思うがな」
ムリヤリ話題を変えてそう言うと、カンジはレイザスから逃げるように離れた。
4時間後。
やっぱり何も変わってない。ゆえに省略。
そして、5時間後。
「いい加減でぇっ……終われええええええっ!!!」 熱砂の領域に怒りの叫びが轟く。居合わせたメンツは、その瞬間、一斉にビクついていた。多分寿命が5秒は縮んだだろう。
そもそもの問題としては、カンジ達がここだけをサボっていたことが原因だったのだが、全ての元凶は、レイザスとカンジのせいで、ヴァイトセイバーが非純正パーツ製になったことによる。
ヒラのメカニックは、ハードはともかくソフトに迂闊に手をつけるのが恐くてしょうがない。要はそういう事だ。
30分後にようやく調整は終わったが、その時には、彼は真っ白に燃え尽きていた。
――もうイヤだ……
そう思って、コクピットから出ようとした所で、機体にメールが届いた。
「ぁ゛……来た……」
セリアからだ。脱力感溢れるセリフを吐きながら開封。
やれ「エムロードの開発基地を衛星軌道から降下して襲撃しろ」だの、「ジオサテライトシティで無差別攻撃をしろ」だの、挙げ句の果てには「ジオシティに攻撃を仕掛ける。陽動を頼む」だのと、妙に硝煙の薫りが漂いまくるミッションが多い。
その割には報酬がべらぼうに安く、思わず「バカにしてんのか!?」と言いたくなった。
なわけで、タイトル欄に“こんな仕事やるくらいなら、アリーナで暴れた方がマシだ!”と書いて、さっさと返信した。
「いくら仕事が無くたって、あんなのやってられっかよ……」
そうぼやいて、今度こそコクピットから出ようとした。が、そこでもう一通新しいメールが届いた。
「お?」
“今届きました。怪しい依頼だけど、一応送っておきます”というメモがついている。
「怪しい依頼……?」
一瞬、削除しようかと思ったが、それでも結局、彼はそのメールを開いてみた。
〈救援〉 依頼主…不明
報酬…250000Cr
現在、バレルド砂漠に我々が支援するある組織の中心人物がおり、バレーナ社の部隊によって襲撃を受けている。
彼は我々の計画にとって必要不可欠な存在であり、彼を失うことは我々の計画の頓挫を意味する。至急彼の救援に向かってもらいたい。
なお、今作戦については完全に部外秘だ。このメールも君が承諾すると同時に抹消される。
作戦の確実な遂行を期待する。
以上だ。
たったそれだけの、およそ普通とは言い難い文面だったが、レイザスの意志はもう決まっていた。
――出撃だ。
相方(セリア)には無断だが、こんないい仕事――報酬は6桁。しかも添付されたマップによれば、ここから南方400kmの近所――を逃す手はない。アリーナなら7桁の賞金を手に入れることもできるが、今の彼のノーミソにそんな事を考える余地は無かった。
何しろ、これからしばらくはミッションに出る、そういう風に決めているのだ。
「おいカンジ! 出撃だ!」
コクピットから身を乗り出すと同時に、下にいるカンジに叫ぶ。
「何だって?! 出撃するなんてセリアからも連絡入ってないぞ! 大体今日はテストだろうが!?」
カンジが当惑するのも当然である。基本的に、レイヴンの依頼とはマネージャーを介して伝わる物だからだ。
「今契約したんだよ! 早く頼む!」
「何だって……? まあいい。聞いたな!出撃準備急げ!」
カンジは呆れつつも、周りのメカニックに指示を出して、無線で輸送機のパイロットに連絡を入れた。
「了解!」
慌ただしくクルーがコクピットに駆け込み、すぐに離陸した。
セリアがこのことを知ったのは、それから10分ほどたってからだった。
「真のレイヴンは、無限に飛び続けることができる、か……」
ふと、そんな言葉が口をついた。これはヴァイトセイバーのパーソナルマーク、“∞
WINGS”の所以であると同時に、彼の信念でもある。
彼女も、それは正しいとは思う。だが、今回のような場合は、無茶でしかないと思っていた。
「帰還をいつまでも待っているのに戻ってこない、最悪のパターンね……」
セリアは窓の外から見える青空を見ながらそう呟いた。
同じ頃、輸送機の窓から、レイザスは下に拡がる砂漠を眺めていた。
「ま、ちゃっちゃと片づけて速攻で帰るかな」
この時は、まだそういう程度の気持ちだった。
だが、この出撃が、彼にとって、遙かに長い戦いになろうとは、まだ誰も知る由もなかった。
そして、永久の翼を持った救世主は、その翼を拡げる場を待ち構えていた……。
続く。
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