ホーム > 小説ギャラリー > 「十字架の天使」 > 第十話「Moon Night」
シーズ基地ガレージ。損傷した2体のACがハンガーに固定されている。
ガレージには数十名のスタッフが慌ただしく動き回っている。
「どうなの?」
「派手にやられているな。こりゃ、コア以外総取り替えだな」
フィーネの問いかけに、ガレージのメカニックチーフ、アンディ・ストライフはハンガーに掛けられた、エターナル・ブルーを見上げながらそう言った。
エターナル・ブルーの右腕は肘から下は無くなっていて、頭部も半壊して内部が露出していて痛々しい。更に、脚部もボロボロになっていて、黒く焦げてしまっている。
「なんとかならないの?」
「頭部は部品さえあればなんとかなるが、時間が掛かる。右腕はもう駄目だな、やられすぎだ。脚部もさっき見たが、推進部がもう直せない程壊されている」
「しょうがないわね…。予備のパーツで何とかするわ。フロートの予備あったかしら…?」
フィーネはため息をつきながら、ガレージを後にしようとする。
「機体といい、相変わらず青一色の格好だな」
アンディはフィーネを見ながらそう言った。
「前にも言ったでしょ”青は幸運をもたらす色”だって」
アンディにウィンクしながらそう言うフィーネの格好は青い髪、青い瞳、青い口紅に青いタンクトップと青いジャージのズボンを履いていた。
「そうだった、そんな事言ってたな」
「……ふぅ」
ヴィラスはミカエルソードの足下に寄りかかるように腰を下ろしていた。その手には愛用のサックスを抱えている。
(強かった……)
ヴィラスは先程の戦闘を思い出していた。あの青紫色のACのパイロットは今まで戦ってきたレイヴンと何かが違う。実力は確かに高い、でも戦い方に何か狂気じみたものが感じられた。
それが、初めてでは無く、ずっと、ずっと前にも同じような経験をしたことがある気がした。
(俺はあのACのパイロットを知っているのか?)
戦闘が終わって帰還する間も、こうして腰を下ろしている時もずっと考え続けていた。何か考えていないと胸の中で感じている恐怖心と何故かある罪悪感に押しつぶされてしまいそうで苦しかった。
(また、アイツと戦うことになるのか……)
そんな確証はどこにもないが、心のどこかで確信はしていた。今度はあの狂気に飲み込まれてしまうのではないかという恐怖に、微かにヴィラスの体が身震いする。
「機体は大丈夫か」
スウッと不意にヴィラスの前にトレッドがヴィラスを覗き込むように現れた。
「あ、ああ、右腕は肩のジョイントがイカレいただけで、他のパーツもそれ程大きい被害は無いからすぐ直せるってアンディが言っていたから大丈夫だよ」
ヴィラスはそう言って笑顔を作った。
「そうか…それは良かった」
トレッドはそう言うとヴィラスの隣に腰を下ろす。
「…恐怖を感じたのか?」
「……!」
トレッドの言葉にヴィラスはドキッとした。自分の心の中を見透かされたような問いかけに動揺をしてしまった。
「………」
「別に恥じる事ではない。レイヴン、いや人間誰だってそういう感情はあってもおかしくはない……だがな」
そう言って、トレッドは両手の手袋を外し、袖をまくり上げた。トレッドの両腕は銀色に鈍く光っていた。それはかつて彼が受けてしまった「傷跡」だった。
「その恐怖をいつまでも引き摺っていると、そいつに感覚を奪われ、自分を見失ってしまう。俺の様になってしまう……こんな風にな……」
「…………」
「少し説教じみてしまったな…」
「いや、ありがとう。少し楽になったよ」
「そうか…。これから、戦いは更に激しくなる。お互い、生き延びられるといいな…」
そう言いながらトレッドは立ち上がると、自分の機体があるハンガーへ向かって行った。
「生き延びる…か…」
ミカエルソードを見上げながらヴィラスは呟いた。
初めてミカエルソードに乗り込み、敵と対峙した時、相手を殺す事に恐怖も躊躇いも感じなかった。躊躇う暇も無かった。躊躇えば、こちらが殺される。記憶を失っていたが戦う術を体が知っていた。
(やはり、自分は…………)
戦場で感じたものを一々気にする程レイヴンは呑気では無い。恐怖心など以ての外だ。
「記憶を取り戻すまでは死ぬ訳にはいかないんだよな……」
そう言って、ミカエルソードの足をコツンと叩くと、ヴィラスはサックスを構えた。
ガレージ中にサックスの音色が響き渡る。
オクティアル基地ガレージ。ハンガーに固定されている2機のACに作業員達が機体の整備を行っている。そのACの足下には二人のパイロットスーツに身を包んだ男がいた。レイスとアルフである。
「あのまま戦っていれば、あの白いACも青いACも倒すことが出来た。何故、撤退命令を出した?」
「弾薬もお互いロクに残っていない状況で、増援の機体とジャック・Oと鳥大老を同時に相手するのは危険だからですよ。あなただって判っていたのではないのですか?」
「最初にいた2機を倒す位の時間はあったはずだ!それをみすみす逃すとはどういう事だ!」
レイスは声を荒げながらアルフに怒りをぶつけていた。
「君では無理ですよ」
アルフのその言葉はレイスの怒りを爆発させるには充分な効果があった。
「なんだと!貴様!!」
レイスはアルフの胸ぐらを掴んだ。レイスの怒声に周りの作業員達はただ呆然とその様子を見ていることしか出来なかった。
「図星…でしたか?」
「テメェ!!」
レイスはアルフに殴りかかろうとしたが、その時。
「止めておけ……」
奥から、ジェランが近づいてきた。それを見たレイスはアルフの顔目前にあった拳を下ろした。
「今回のアルフ中佐の判断は賢明だったよ。レイス、君はまだあんな所で死んではならない。元気なのは良いが、ここで暴れてもらっては困るな。ここは軍隊だ、君の私設部隊ではない」
「チッ……」
ジェランの言葉にレイスはアルフの胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「君の実力は優れている。やはり、我々に必要な力だ。改めて歓迎するよ。レイス・フェイディア」
「………」
レイスは無言のまま、ガレージを後にした。
「……ジャック・Oが現れたのか?」
「はい、まだ気づいてはいないと思われますが、どうされますか?」
「ヤツの動向も注意する必要もあるな…こちらもそろそろ行動に出なければいけないな」
「……」
「次の作戦には私も出る。一刻も早く『メサイア』を手に入れなければ……」
「分かりました」
自分の部屋に続く廊下の道を歩きながらレイスは考えていた。自分と戦ったあの白いACのパイロットを。
(あの動き、あの反応、機体構成もエンブレムも違っていたが『ヤツ』に似ていたな……)
自分とあそこまで対等に戦っていたレイヴン。今まで葬ってきたレイヴンとは違う。かつて、自分に屈辱を与えたレイヴンと同じ感触をレイスは感じていた。
(天使だろうが何だろうが知らねぇが、もしもヤツが、『アイル』なら……)
レイスの拳が怒りで震えていた。それはさっきの怒りとは違い、心の底から感じる憎しみに包まれた怒りであった。
(次は必ず、この手で俺が……!)
「潰す!!」
憎悪を感じさせる叫びが無人の暗い廊下に木霊した。
「相変わらずの上手さね。前よりも一段と上手くなっているわ」
予備の装備の確認を終えて、ガレージに戻ったフィーネはヴィラスの演奏を聴きながら、ルシーナが作ってきた手作りのサンドイッチを口にしていた。
「そうかな?いつも聴いているからよく判らないけど……」
ルシーナも一緒に食べていた。片手にはクッキーの入った袋も持っている。
「いつも聴いているから気づかないのよ。久しぶりに聴くからね、ヴィラのサックス。レイヴン失業しても、あれで食べていけるわよ」
「ふーん」
突然、演奏が止まった。
「どうしたの?ヴィラス」
ルシーナはいきなり演奏を止めたヴィラスを見た。ヴィラスはガレージの天井の窓を見つめている。
「月が……紅い……」
「え?あ、ホントだ……」
窓から見える月は紅く染まっていた。
「綺麗だけど、どこか気味悪いわ……」
ルシーナは震えながらそう呟いていた。
「………」
ヴィラスは微かに頭の中である光景を思い出していた。
----------------------------------------------------------------------------------------
目の前にいる青紫色のAC。そして、自分もACに乗っている。何も遮るものが無い荒野に、空には紅い月が昇っている。
お互いの機体はボロボロで動くのがやっとの状態。直接回線からは、青紫色のACのパイロットが自分に向かって何か叫んでいるようだが聞き取れない。
青紫色のACがこちらに向かって、突撃してくる。自分も叫びながら、機体を青紫色のACに向かって突撃させていく。
目の前が白い光に包まれる………。
----------------------------------------------------------------------------------------
「ヴィラス!ヴィラス!」
ルシーナの声にヴィラスは、ハッと我に返った。
「どうしたの?いきなりボーッとして……」
ルシーナは不安そうな顔を覗かせている。
「いや、ただ……なんでもない」
「本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫。それより、腹が減ったな。サンドイッチ食ってもいい?」
「よかった…いいわよ。ほら、あんたの好きなハムサンド♪」
(何だったんだ…今のは?)
「今日の月は紅いな…アイツの機体を思い出す」
廊下の窓から見える紅く染まった月を見ながらレイスは呟いた。復讐の時は近い。レイスはそう感じていた。
ヴィラスとレイス。お互い、紅い月を眺めながら、これから起きる戦いを予感していた。
<-- BACK | 小説ギャラリー | NEXT -->