『フリッツ、具合はどうですか?お父さんとお母さんの言う事を聞いて大人しくしてないとダメよ。
私が火星に行って働くようになってから1年位経ったけど、お姉ちゃんは元気だから安心して。
フリッツの手術代は、私が必ず稼いであげるからね。
手術ができてフリッツが元気になったら、また前みたいに一緒に遊ぼうね。』
私、エネ。
私は今、火星でレイヴンをやっています。
地球にいる病気の弟、フリッツの手術費を稼ぐために、腕さえあればたくさんお金が儲かるっていうレイヴンという仕事に就いたんだけど、なかなか上手く仕事ができなくて全然お金が貯まりません。
ゲームは得意だったからいけるかな?っと思ったんだけれど、やっぱり世の中そんなに甘くないみたいです。
地元(地球)じゃなくて火星のレイヴンになったのは、家族にこの仕事を隠すため。
家族には作業用MTのオペレーター(操縦士)をしてるって言ってます。
前に一度、レイヴンになりたいって相談したんだけど、危ないからって反対されました。
でも、普通に働いていてもお金が貯まらないから、お父さんお母さんには悪いけどこの仕事に就きました。
弟の手術代が高いのは、元々成功率が低すぎてどこのお医者さんも引き受けてくれなくて、唯一それを引き受けてくれそうなお医者さんが見付かったんだけど、その人が腕は世界一だけど無免許医で法外な手術料を請求することで有名な人だったの。
だからどうしてもがんばってお金を稼がないといけなかったんです。
レイヴンになったおかげで、少しずつだったけどあの黒い格好のお医者さんが提示した金額が後もうちょっとで揃いそうです。
今日はアリーナで下位ランカーからの挑戦を受けて対戦をする日です。
「今回の相手は初めて聞く名前のレイヴンね。」
「挑戦者は最近レイヴンになったばかりで、アリーナで連勝して上がってきた新人よ。」
オペレーターのグラディスさんが対戦相手のことを教えてくれました。
「名前はケイト。以前は地球にいて戦闘用MTのパイロットをしていたようです。」
「女性レイヴンなの?」
「いえ、男性です。」
男の人なのになんで女の人っぽい名前なのかしら?
それにしても下位との対戦で勝ってもお金にならないからちょっと困ります。
以前も1個下のコッコリスから頻繁に挑戦をされては勝ってきたけれど、それよりも1個上のマグマスピリットに早く勝ちたいです。
勝負の時刻になり、私は愛機ピースフルウィッシュに乗ってアリーナの舞台へ上がります。
エレベーターに載ってアリーナドームの舞台に上がると、対戦相手の乗るACもせり上がってきました。
「こちらケイト。お互い全力を出そう。よろしく。」
「エネよ。こちらこそよろしく。」
挨拶をして感じた印象は、本来レイヴンにはなりそうにないマジメな人間って感じだった。
「エネちゃんがんばれー!!」
「応援してるぞー!」
アリーナドームの外にある観客席で、私のファンの人達が、私のキャッチコピーである『エネルギッシュ!』の幕を掲げて応援してくれていました。
みんなありがとう。私がんばるからね!
「3・2・1・GO!」
試合開始。どれ程の腕前か確かめてあげるわ。
私の愛機ピースフルウィッシュの武装はハンドガンとレーザーブレード。
肩に予備弾装を付けてハンドガンの弾数を増強しています。
相手の機体は…初期機体のままね。
武器がEWG-MGA2マシンガンとZLS-T/100強化型レーザーブレードに替わっただけみたい。
そんなのでよくここまで勝ち登ってきたわね…。
「噂は聞いている。家族の為にがんばっているらしいな。」
「ええそうよ。だから負けられないの。」
負けてちょうだいと言いたかったけれど、お情けで勝たせてもらっても嬉しくないから言わなかった。
それにしても中々できるみたいね。弾が当たらない。
命中精度が高いハンドガンなのに…。
「それにしてもレイヴンにしてはやけに女性っぽい名前じゃないの。どうしてかしら?」
「これは俺を庇って死んだ同僚の名前だ。彼女はレイヴンになるのが夢だった。」
「その遺志をあなたが継いだというの?何故そんなことを?うっ!」
この新人、強い…。あの命中精度の悪いマシンガンを確実に当ててくる。
「彼女が身を挺して守ってくれなければ俺は死んでいて、彼女がレイヴンになっていたハズだからだ。この命はあいつから貰ったものだ。だから…俺は…。」
「だからって、あなたがレイヴンになって彼女が喜ぶの!?彼女があなたを守って亡くなったのはそんなことのためじゃ…。」
「それは、お前が決めることじゃない!!」
次の瞬間、私のコックピットのモニターがブラックアウトした。
メインカメラが壊されたんだわ。
続いて私の機体が地面に平伏すまで何秒だったのかしら…とにかく一瞬の出来事だった。
「勝者、ケイト!」
「俺は…止まることは許されないんだ。」
また、負けちゃいました…。
機体ごとアリーナのガレージに回収された私は機体の状況を目の当たりにしました。
頭部のメインカメラはマシンガンの弾で破壊されていて、両脚が膝から見事に切断されていました。
試合を見ていた整備士さんから話を聞くと、ピースフルウィッシュのカメラが壊されて動きが止まった隙に、彼の機体が後ろに回り込んでレーザーブレードで両脚を一太刀でさばいたんだそうです。
とにかく、圧倒的でした。
彼は恐らくアリーナで上位まで一気に駆け上がるでしょう。
彼のような才能が私にもあれば…と、つくづく思います。
アリーナでの機体損害は会社が負担してくれるので、私の貯金に影響はないんだけど、貯金が増やせなかったのは痛いです。
フリッツだっていつまでもこのままでは生きていられません。
早くお金を集めないと!
それから半月くらいが経った時、あのケイトから私のガレージに何か大きな物が届けられました。
ケースを開けてみると、中にはAC用オプショナルパーツのSP-CBRKが入っていました。
一緒に手紙が入っていて、『アリーナで順位を上げたので報酬で貰ったのだが、使わない物なので君に活用して欲しい。』と書かれていました。
ブレーキ性能を上げるオプショナルパーツだけど、私もあんまりいらないパーツ…。
つまり売ってお金にしろっていうことなの?
彼の真意は分からないけど、とにかくお金が必要な私はそれを売却してなんとか手術代を揃える事ができました。
その後、あのお医者さんによる手術が行われました。
手術は大成功!それから徐々にフリッツは元気を取り戻していきました。
「おねーちゃーん!」
休暇を取って地球に帰ってきた私は、以前のように元気な姿で家の庭を走り回る弟の様子を眺めていました。
「本当にありがとうね。それにしても良くあんな大金を稼げたわねぇ。
普通の仕事でたった1年位で稼げる金額じゃないよ…。
無理してるんじゃないの?もうフリッツも病気が治って元気になったんだから、今の仕事を辞めてこっちに帰って来なさいよ。」
お母さんが私を心配して帰省を勧めてきました。
私が危険な仕事をしているのを女性の勘で感じ取っているのかもしれません。でも…。
「手術は成功したんだってな。良かったじゃないか。あれが役に立ったみたいだな。」
「やっぱりあれは売れって意味だったのね?」
「あれをそのまま使われてたらどうしようかと、正直不安だったんだがな。」
「とにかく、あれはいつか現物で返すからね。そうじゃないと気分がスッキリしないわ。」
「分かったよ。気長に待つとしますか。」
ごめんなさい、お母さん。当分、この仕事は辞められそうにありません。