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リンクス戦争…。そう呼べば聞こえは良いだろう。
詰まるところ以前から企業間で燻っていた些細な火種が、ネクストという巨大な松明によって引火・拡大していき、遂にはいくつかの企業の屋台骨まで炎上させるに至ったということだ。
くだらないことのために、よくもまあここまで派手な大火事を起こしてくれたものだ…。
レイレナード、BFF、アクアビット…、世界を支える3つの巨大企業体が崩壊し、経済は計り知れない程のダメージを受けていた。
それによって社会制度パックス・エコノミカも崩壊した。コロニーは食料配給源を無くし、住民は一瞬にして飢餓状態に陥った。
勝利した側の陣営でさえ、ネクストとリンクスの維持に費やした費用が嵩んで財政は傾き、さらに崩壊した企業が残したコロニーの事態収拾に負われるはめになり、彼らもむしろ戦争前より状況は悪くなったといえる。
世界中にコジマ粒子が広がり環境汚染が深刻化、「ネクストが通った後はぺんぺん草も生えない」とまで言われるようになった。
同時に、この争いで多数のリンクスが死亡した。生き残ったリンクス達もコジマ粒子による健康被害を悪化させていた。
国家解体戦争より前からAMSの実験体として数々の手術、薬物投与を受けつづけ、そしてテスト・リンクス、その後は傭兵としてネクストに乗り、少しずつであるがコジマ粒子に曝され続けてきた私の寿命はもう長くはないだろう。
この争いで一体誰が得をしたのだろうか…?
「君がジョシュア君か、活躍は聞いているよ。」
彼の名はランドル。元レイレナードの技術者で同社崩壊後、“ある物”と一緒にローゼンタールグループの企業オーメル・サイエンス・テクノロジーに身を寄せていた。
その“ある物”とは今私の目の前にある純白の巨大な機体。
「<00-ARETHA>プロトタイプ・ネクスト。コードネームは『ラグナロク』。とっても良い機体だろ?性能じゃどんなネクストもコレには敵わない。」
ランドルの傍らにいる若いリンクス、オーメルの寵児と謳われるオリジナル、No.6のセロが、その禁断の名前を口にした。
全てのネクストタイプACの原型であり、機体スペックを追求したが故に生じた、搭乗者に対するあまりにも強烈な肉体・精神負荷のために廃棄されたはずの幻の機体である。最近開発されていた新型ネクスト<002-B>という機体は、このプロトタイプ・ネクストの簡易型無人機であったという。
そして私は今、この機体に乗り込む直前の状態にある。我々とこの機体は大型の輸送機に載せられ、ある場所を目指して飛んでいるのだった。
「命の補償はできませんよ。これまでに2人のAMS適合者が、この機体と接続した直後に発狂して突然、死亡しています。」
「構わん。どの道もう私の命は長くは保たない。私の命が尽きる前にあの男を倒せば良いだけだ。それまでは耐えてみせる。」
死への恐怖が無い。といえば嘘になる。だが私にはその危険を冒してもやらなければならい事がある。あの男、アナトリアの傭兵を倒すことだ。
彼に対して個人的な恨みや敵意などはない。だが、彼はリンクス戦争の原因を作り、そして終結の決定打となった男…。
彼の強さは異常…イレギュラーであり、現在彼を実質的に擁しているGA社とその他企業とのパワーバランスは大きく崩れてしまっている。今後、存在するというただそれだけで無言の圧力となりうる『あの男』をめぐって激しい奪い合いが起こるであろうことは目に見えていた。
そうなればまた戦いが始まり、いずれかの企業が潰れ、社会はさらに混乱する。これ以上、この世界の状況を悪くしないためにも、新たな争いの火種となる彼には消えてもらわなければならない…。
おこがましい事をしようとしているのは承知している。私の不安が杞憂であるのが一番良いのだが…。
当然のことながら、私には彼を倒せるだけの力はない。だから私はこの危険な機体に乗ることにした。フィオナには申し訳ないが…、君の父が作ったこの機体『ラグナロク』で彼を倒させてもらう。
「この機体なら例え相手があのアナトリアの傭兵でも負けるはずがない。それにもしアンタが失敗しても、その後で僕がアイツに止めを刺せばいい。簡単なことさ。」
このセロという若造、とにかく軽口を叩く奴だ。正直好感の持てるタイプではない。
「何故お前は味方の陣営にいるリンクスを倒そうとする私に協力するのだ?」
「アイツがキライだからさ。AMS適正では僕の方がアイツより遙かに上なんだ。つまり僕の方がアイツより強いってこと。なのにアイツにばかり活躍の機会が回って、今じゃ『最強のリンクス』だってよ。馬鹿げてる。アイツはただ今まで運が良かっただけなんだよ。」
どうやらこの若造はアナトリアの傭兵の活躍を妬んでいるらしい。しかし馬鹿げているのはお前の方だ。世の中カタログスペックだけで物事が判断できるわけがないのに…。だから皆から『幼い』と言われるんだ。
それに自分の方が強いと思っているのなら最初から1人で倒しに行けばいい。心の奥底ではアイツの事が怖いのだろう。それで利用する目的でこの私に協力すると言ってきたのだ…他人任せも甚だしいな。
このラグナロクとセロのネクスト『テスタメント』を載せた輸送機が目標地点であるコロニー・アナトリアに近づいていた。
そして遂にラグナロクと私とをリンクさせるときが来た。
狭苦しいドライバーシートに体を委ね、シートの後からのびるAMSプラグを手に取った。実験機というだけあって見事にゴチャゴチャとした配線だ。
コックピットには操縦桿やペダルの類といった操作機器が見当たらなかった。これはネクストの開発当初、機体を全てAMS接続によって操作しようと図っていたことによる物らしい。だがそれ故に機体とパイロットとの間を行き交う情報量は膨大なものとなり、人間が死亡する程の精神負荷を与えてしまうのだろう…。それ故、現在のネクストは精神に掛る負担を軽減する意味も含めて、一部の操作を従来からの操作機器に委ねている。
このプラグを自分のAMSジャックに挿し込む前に、私は若造に言うべきことがあるのを思い出した。
「言っておくが、この後、私が機体からの精神負荷に耐えきれずに死んでしまった場合には、お前が1人で奴を倒すんだぞ。良いな?その場合には、お前がこの機体に乗ればいい。」
「えっ!?…あ…あぁ…。」
ふっ…本当に子どもらしい奴だ。
そして私は、ラグナロクのAMSプラグを首の横にあるジャックに導き入れた。その刹那…。
「ぐっ!!うああぁっ!?」
!!!
圧倒的な量の情報が私の脳に流れ込んできた!凄まじい強烈な圧力だ…長年AMSの実験体としてたくさんの接続テストを受けてきたが、これ程のプレッシャーは初めてだ…!
た…耐えられるのか…?
……。
一瞬のブラックアウトの後、意識を取り戻した私は驚愕した。
「!?…これは…。」
今までもネクストと接続した際には、まるで機体と一体になったような感覚を味わったものだが、今回はその比ではない…まさしく一体になっているのだ。その代わり、私自身の感覚は消え失せている…。
「上手くいったのか…。これは凄い!!」
ランドルは結果に驚きつつも喜びを隠せないでいた。科学者なら当然の反応だろう。
「アンタなら成功すると思っていたぜ…。じゃあ始めるとするか!」
成功しないとこの若造はさぞ困ったことだろうな…。
私はアナトリアの手前10kmの位置に降下、木々の生い茂る大地に降り立ったラグナロクはオーバード・ブーストを展開、作動させ一路アナトリアを目指した。
ラグナロクの大推力OBによって、目標に到着するのにさほど時間はかからなかった。後で降下したテスタメントはここから少し離れたところで身を潜めているはずである。私が倒された時の保険として。
もしかしたら、私が勝った場合に危険な機体に乗る私を始末するためなのかもしれない。目的さえ達せられれば、それでも構わないがな…。
目前のコロニーから守備部隊のノーマルが多数出撃してきた。それも20機。アナトリアはあの男の活躍で潤っているようだ。だが、その中にあの男の姿はない。まずはこの雑魚共を始末するしかないだろう。
それにしてもこの機体は素晴らしい。意のままに動くとはまさにこのことだ。
通常のACの2倍近くはあろうかという体躯でありながら、その機動性は高機動型ネクストであった愛機ホワイト・グリントを遙かに上回る。クイック・ブーストなど、まるで瞬間移動の如くだ。
その代わり、中にいる本当の私はどうなっているのだろうか…と考えると恐ろしい。
私の体は本機専用の分厚い対Gスーツを着込み、5点式シートベルトでしっかりと固定されてはいるが、それすらもこの機動の前には気休め程度にしかなっていないだろう。
火力も圧倒的だった。右腕の多連装ガトリングガンは、ランドルが言うに重量級ネクストですら一瞬で蜂の巣に改造できる程の火力を備えており、実際、これに撃たれたノーマルは、まるでゼリーかプリンのように容易く砕け散った。
なんとたわいのないことだろう。あれだけ大量にいたノーマル守備部隊が、30秒と掛からず全滅してしまった。
後は奴の出現を待つばかりか…。
「所属不明機へ!何故こんな事をするの!?あなたの目的は何!?」
私に通信を送ってきたのは古くからの友人であり、アナトリアの傭兵のオペレーターをしている女性、フィオナだった。
「フィオナか…すまないが、私には倒さなければならない相手がいるんだ。」
「ジョシュア!どうしてあなたが!?敵って彼のことなの…?彼はあなたの敵じゃないわ!」
「それは…分かっている。」
「!……。」
彼女は言葉を失ったように黙ってしまった。
旧友が『悪魔の兵器』と呼ばれるプロトタイプ・ネクストを駆って襲撃をかけてきたのだ。私の気が狂ったと思われても無理からぬ事だろう。
彼女があの傭兵に恋愛感情を抱いていることも知っている。すまないとは思うが、もう後には引けない。
「遅かったな。」
何故かアナトリアの傭兵はここにはいなかった。そのため、彼とそのネクストが私の目の前に姿を現すまでにかなりの時間を要した。私がここに到着した時は昼だったのが、気付けばもう夕方になっていた。
沈みゆく夕日がなんとも美しい…。
私の言葉にあの男は返事を返してくる様子はなかった。元々無口な人間だったが、突然敵として現れた私と会話しようという気にならないのだろう。
彼は何も語らず、こちらに銃口を向けてきた。
「…言葉は不要か…。」
お互いの考えを話し合っても無意味だ。どちらが勝つかで、その後の世界が変わる。それだけだ…。
私はラグナロクの左手に握られたコジマ粒子砲を地面に叩きつけ、発射態勢を取った。
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